57人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
思わず足を止め、うんともすんとも言わない画面を眺める。
返事が来るより先に、扉の開く音が廊下に響いた。
「彩月……?」
掠れた、小さな声が耳に届く。
その声に引かれるようにして後ろを振り返ると、さっきまで閉まっていた玄関の扉の隙間から、黒いスウェット姿の悠李が見えた。
「ごめん、起こした?」
急いで玄関の方へ駆け寄る。
悠李は大げさに首を横に振った。
「起きてた。来てくれたの?」
「そう、心配だったから」
「ありがとう。今日はごめんな」
大きく扉が開いた玄関の前で立ち止まるなり、いつもとは違う悠李の姿が視界に飛び込む。
ぶかぶかのトレーナーが縁取る肩や胸の辺りは、中性的な顔立ちからは想像できないくらいがっちりとしていて、触れてみたくなるような独特な雰囲気を放っている。
形のいい唇の下には、男の人にしかない喉仏。
よく見たことがなかった悠李の首筋は、とても綺麗だ。
目の前の悠李はなぜか凄く大人びていて、ここでわたしが急に抱き着くような変な真似をしても、優しく受け入れてくれそうな余裕さえ感じる。
でも、顔をよく見ると頬がほんのり赤い。
表情も締まりがなく、ぽやんとしている。
「熱はどれくらいあるの?」
「ちょっとだけ」
「ほんとに? おでこ触ってもいい?」
「……いいよ」
少し屈んだ悠李のおでこに手をあてると、思っていた以上に熱い。
「絶対、ちょっとじゃないじゃん。大丈夫? 何かいるものとかある?」
様子を伺うように下から覗き込んで見上げると、悠李の表情がまたたく間に曇っていく。
わたしの手から逃れるようにして顔を背け、気まずそうに視線を落とす悠李の様子に、慌てて手を引っ込めた。
急に距離感を詰めてしまったのが嫌だったんだろうか。
「ごめんね。もし困ったことがあったら遠慮なく言って。じゃあね」
あまり細かいことは考えず、サッと立ち去ろうとした時だった。
悠李に手を引っ張られ勢いで玄関の中に足を踏み入れる。
背後からバタンと扉が閉まった音が聞こえ、サラリとした甘い部屋の匂いが鼻をくすぐった。
最初のコメントを投稿しよう!