ある日の午後、玄関先にて

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   思わず足を止め、うんともすんとも言わない画面を眺める。  返事が来るより先に、扉の開く音が廊下に響いた。 「彩月……?」  掠れた、小さな声が耳に届く。  その声に引かれるようにして後ろを振り返ると、さっきまで閉まっていた玄関の扉の隙間から、黒いスウェット姿の悠李が見えた。 「ごめん、起こした?」  急いで玄関の方へ駆け寄る。  悠李は大げさに首を横に振った。 「起きてた。来てくれたの?」 「そう、心配だったから」 「ありがとう。今日はごめんな」  大きく扉が開いた玄関の前で立ち止まるなり、いつもとは違う悠李の姿が視界に飛び込む。  ぶかぶかのトレーナーが縁取る肩や胸の辺りは、中性的な顔立ちからは想像できないくらいがっちりとしていて、触れてみたくなるような独特な雰囲気を放っている。  形のいい唇の下には、男の人にしかない喉仏。  よく見たことがなかった悠李の首筋は、とても綺麗だ。  目の前の悠李はなぜか凄く大人びていて、ここでわたしが急に抱き着くような変な真似をしても、優しく受け入れてくれそうな余裕さえ感じる。  でも、顔をよく見ると頬がほんのり赤い。  表情も締まりがなく、ぽやんとしている。   「熱はどれくらいあるの?」 「ちょっとだけ」 「ほんとに? おでこ触ってもいい?」 「……いいよ」  少し屈んだ悠李のおでこに手をあてると、思っていた以上に熱い。 「絶対、ちょっとじゃないじゃん。大丈夫? 何かいるものとかある?」  様子を伺うように下から覗き込んで見上げると、悠李の表情がまたたく間に曇っていく。  わたしの手から逃れるようにして顔を背け、気まずそうに視線を落とす悠李の様子に、慌てて手を引っ込めた。  急に距離感を詰めてしまったのが嫌だったんだろうか。 「ごめんね。もし困ったことがあったら遠慮なく言って。じゃあね」  あまり細かいことは考えず、サッと立ち去ろうとした時だった。  悠李に手を引っ張られ勢いで玄関の中に足を踏み入れる。  背後からバタンと扉が閉まった音が聞こえ、サラリとした甘い部屋の匂いが鼻をくすぐった。
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