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ピンと張ったわたしの耳に悠李の鼻先がそっと触れ、唇から漏れた吐息が耳の奥に当たり、背中にぞくぞくとしたものが走った。
「ここにずっと閉じ込めときたい。おれのことしか考えられなくなったらいいのに」
「わ、わたしは悠李のことで頭がいっぱいだよ」
「でもあいつに笑いかけてた」
「それは話の流れで……」
「だめ。彩月の笑った顔はおれだけに見せて。こんなに可愛い顔、他の男には見せたくない」
「可愛いなんて……」
「ずっと見てたいのに、どきどきしてまともに見れないくらい可愛い。一目惚れだし、おれ」
「一目惚れ? 悠李が?」
「そうだよ。入学式の時に」
「わ、わたしも。わたしもそうだよ」
「まじ? この顔に生まれてきて良かった」
「何言ってんの」
「今だけでも自惚れさせて」
二人でくすくすと笑い合う。
「悠李といる時が一番、どきどきするよ。どきどきするのは悠李だけだよ」
悠李は身体を離して、熱を帯びた滑らかな瞳でじっとわたしを見つめた。
恥ずかしい気持ちを堪え、わたしもゆっくりと視線を上げて見つめ返す。
改めて間近で見ても寸分の狂いのない、整った中性的な顔立ちだ。
誰が見ても完璧だと言うだろう。
それなのに、一つも格好なんかつけないで素直にわたしに想いを伝えてくれる。
ずっと焦がれて仕方がなかった。
何度も諦めようと思ったけど、諦められなかった大好きな人が、わたしのすぐ目の前にいる。
「ほんとはもっといい場所でしたいと思ってた。綺麗な夜景でも見ながら雰囲気作って、甘ったるいセリフ吐いて。彩月の一生に残る思い出にしたかった」
悠李の両手で頬を包み込まれ、華奢で柔らかな親指がわたしの唇に触れる。
「でも今は、そんなことどうでもいいって思ってる」
「う……ん、」
わたしは何度か頷いた。
鼓動が暴れすぎて破れてしまいそうだ。
俯きたくなるけれど、悠李の手がそれを許してくれそうにない。
「何のこと言ってるか分かる?」
「え……、あ、えっと……」
悠李の顔がぐっと近付き、鼻先同士が掠め合う。
「したい、いい?」
わたしはもう一度、大きく頷いた。
二人で自然と目を閉じる。
悠李の両手に導かれて顔を上げると、まつ毛や頬にひんやりと冷たい雪が落ちてきた。
瞼の向こうですぐに溶けていく、きっと白い色をした無垢で静かな雪。
悠李の心を映した、三日月の欠片だ。
幸せすぎて、このままわたしも一緒に溶けてしまうかもしれない。
この初めてのキスが終わったあと、悠李に伝えよう。
悠李との思い出は、どれも一生わたしの心に残るだろうと。
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