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やあやあ、諸君。君らにも誰かに告白したいことのひとつや、ふたつあるだろう?
俺、松本 元貴もそれは例外では無いのだ。ずっと胸に秘めて過ごしてきたこの数年……
今日こそは、この想いを伝えるぞ!
俺は昨晩、必死に考えて、考えて、ようやくの末に仕上がった1枚のA4サイズの紙を綺麗に3つ折りにし、封筒にいれた。それをカバンに忍ばせて、いざ出勤。
思えば課長の松崎 泰三とは出会ってもう5年。
課長はサーフィンでもしてるのかというくらい、肌は黒く焼け、筋肉質な身体に、男性でも惚れ惚れしそうなムチッとしたおしり。身長は170後半、しゃがれた渋く低い声はきっと多くの女性の虜であったに違いない。
ちなみにカラオケでは決まって玉置浩二を歌うらしい。
そんな課長に届けたいこの手紙。これが今日のミッションだ。
何度も口頭で言おうとしたのだが、尽く失敗し、敗戦の歴史を辿っている。なぜもっと早く、手紙という手段を思いつかなかったのか。
これを課長のデスクへいれれば……
いや、デスクへ入れるんじゃだめなんじゃないか?
だってそうだろう。人生がかかった名勝負、そんなあやふやに届けていいわけがない。
俺は心の中で雄叫びをあげる。
うおー!!がんばれ!おれ!
「朝からうるさいぞ、元貴!」
「え?」
後ろを振り返ると課長がいた。メガネ越しでもわかる。ドン引きしている。これはこれは、いつもに増して鋭い眼光だ。
突如、俺は身の毛もよだつような恥ずかしさに苛まれる。
「え、もしかして。漏れてました?声」
「下駄箱で思い詰めたような表情で自分の靴を見てる奴がいるなと思ったら、急に大声だすもんだからこっちが驚いたよ。そんなにお前の靴臭いのか?というか、今日そんな意気込みいれる業務なんてあったか?」
「そりゃあ!俺は毎日全力投球ですから!!それと俺の靴はまるでエルダーフラワーのような匂いっす!」
ますます課長がドン引きしたのを感じた。エルダーフラワーはやりすぎだった。せめてカモミールくらいにしとけば良かったか。
って、おい。ばか。
目の前に課長がいるんだぞ。こんなことしてる場合か。
「課長!実は!!」
俺がそう叫んでカバンに手を突っ込んだ瞬間、課長は目の前から走り去った。一瞬、場が凍りつく。周囲の人々から感じる冷ややかな視線。
俺はいてもたってもいられなく、すぐさまその場から逃げるように課長を追いかけた。
「かちょー!!どうして逃げるんですか!かちょー!」
「わぁー!おまえ!ついてくるな!あっち行けぇ!」
当然ながら、体育会系の課長に及ぶまもなく、すっかり見失ってしまった。ふと、その瞬間、左肩にゾワッとした寒気を覚える。
そう。俺の左肩に、なんとも逃げずに乗っかっているやつ。通称"G"
「いぎゃぁあ!」
こうして波乱万丈の一日がはじまった。
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