はたしじょう

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はたしじょう

 小学二年生の春だった。ある日の朝、下駄箱に手紙が入っていた。小さく薄いピンクの封筒にハートマークの封がしてある。やたらめったらキラキラしたシールが貼られている。何やら得体の知れないフルーツのような良い香りもする。封を開けるとこれまたスパンコールのようなまばゆいシールだらけの紙に、放課後、中庭に来て欲しいとあった。クラスのある女子からだ。文末には句点の代わりにハートマークが添えられていた。  思わぬ出来事に一瞬で舞い上がった。正直、その子を異性として意識した事は無かった。しかし、好意を寄せられていると分かると、何だか気になってしまうのが男の性だろう。  その日は朝から気分が良かった。気分が良かったので、授業中は上の空である。珍しく先生に怒られた。給食は珍しくカレーを四杯お代りして記録を作った。昼休みは珍しく動物のようにキャッキャ、キャッキャとはしゃぎ回った。  そして待ちに待った放課後、その子からこっそりと声をかけられた。中庭ではなく、下駄箱の前だった。 「あのね、お手紙のこと、やっぱり無かった事にして欲しいの……」 そう言うと、そそくさと上履きから外履きに履き替え、目も合わせずに走り去って行った。突然の話に当惑した。急に不真面目になったのが悪かったのか、急に大食いになったのが悪かったのか、急にはしゃぎ回ったのが悪かったのか、答えはその全てだった。  後日分かった話だが、その子は実直でクールな男がタイプだったらしい。つまり前日までの自分がドストライクで、当日の自分は完全アウトである。一度でも女性から生理的にムリだと思われたら、セカンドチャンスは訪れない。今回も例外ではなかった。
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