はたしじょう

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背筋が凍った。それは自分に向けられた言葉だった。実直でクールな筋肉チョコボールが珍しく顔を真っ赤にして理性を失っている。ただただ気圧されるばかりだった。到底太刀打ちできる相手ではない。  本能が逃げろと言っていた。まったく意味が分からないが、考える前に気がついたら一目散に走っていた。中庭を飛び出し体育館裏を駆け抜けて駐車場と裏門を過ぎたあたりでチョコボールの声がする。 「卑怯者! 戻ってこい!」 それ以上彼は追ってこなかったが、何かが頭上をかすめた。石だ。それも早い。剛速球だ。飛び道具を使うとは、どちらが卑怯者なのか。彼の射程圏外に逃れたところで、怒りがふつふつとわいてきた。この男のせいで千載一遇のチャンスを逃したのだ。しかもお相手の顔もまだ分からないのに……。  いったん逃げ帰るふりをして雑木林に隠れたが、いつまで経ってもチョコボールは駐車場から動かない。駐車場には投げるのに手頃な石が無尽蔵にある。そこは彼にとって弾数無制限の砲台なのだ。その無限砲台を陣取られては、中庭に戻ることは出来ない。悔しいがその日は帰る事にした。大切な手紙を握りしめて……。  翌日、チョコボールとの一件を先生に言いつけた。チクる事にはそれほど抵抗が無かった。と言うよりは、その抵抗感を怒りが上回っていた。  当然、チョコボールにはお説教であるが、彼は石を投げた理由を頑として話さなかった。しかし、それではこちらも腹の虫が治まらない。先生の後ろ盾があり、少々気が大きくなっていたのかもしれない。
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