監禁生活1日目

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監禁生活1日目

 朝、いや、たぶん朝と思われる時間に目を覚ます。  なぜこんな曖昧な言い方をしているかといえば、この部屋には窓がないからだ。なので今がどの時間帯なのか分からない。  でも、初日から体内時計がくるうことはないだろうから、きっと朝の時間に起きられているはずだ。  そしてこの世界には電気のような魔道具があるから、日光が入ってこなくても問題ない。  私は部屋を明るくする魔道具をつけて、ぐっと体を伸ばした。 「よし、さっそく書くか」  転生前は、毎日母から朝起きたらすぐ顔を洗いなさいだとか、早く朝食を食べて着替えなさいだとかうるさく言われていたけれど、今は起床後すぐに執筆に取りかかれるから最高だ。  さっき夢で見たエモいシーンを忘れないうちに小説に取り入れなくてはならない。 「──ディーンは大切な人の緑柱石のように美しい瞳を愛おしげに見つめた。そして小さな(おとがい)をそっと持ち上げ、赤く色づいた唇に噛みつくような口づけを……」  順調に書き進めていると、コンコンとノックの音がして、続いて穏やかでどこか甘ったるい声が聞こえてきた。 「おはようアルマ。昨日はよく眠れたかな?」 「ギルバート様おはようございます。はい、おかげさまでぐっすりと」  寝起きの乙女の部屋にずかずかと入ってきたのは、私をこの部屋に監禁した張本人ギルバート・エインズレイだった。  美しい銀髪がまるで自然発光しているかのように煌めき、アメジストのような紫色の瞳がヤンデレ感たっぷりに妖しく輝く。 「君が僕の屋敷にいるなんて夢みたいだよ……。この部屋は気に入ってもらえたかな?」  闇堕ちした監禁魔という負のイメージを打ち消すほど麗しく整った顔が、うっとりとこちらを見つめる。  私は特別仕様の部屋をぐるりと見渡すと、満足の笑みを浮かべてうなずいた。 「はい、とても。このお部屋ならいつまでも快適に暮らせそうです。ギルバート様が指示して作ってくださったんですよね?」  私の返事を聞いたギルバート様は嬉しそうにニヤリと笑った。 「うん、そうだよ。君を誰にも見られたくないから窓は全部潰したんだ。代わりに有名な風景画家の作品を飾っておいたから大丈夫だよね。あと、部屋の外にもあまり出てほしくないから、この部屋だけで暮らせるように設備も整えたんだ。用事があれば備え付けの魔道具で使用人を呼べるようになってるから」 「素晴らしい。至れり尽くせりでありがとうございます」  引きこもり部屋として、あまりに完璧な造りに思わず拍手が出てしまった。  ギルバート様が褒められて照れたように頬を紅潮させる。 「そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。必要なものがあればすぐに手配するから」 「ありがとうございます。頼りにしてます」 「ふふ、アルマを逃がさないためなら何だってするさ」  ギルバート様が恍惚とした表情を浮かべ、その長くしなやかな指先で私の頬に触れようとしたとき、部屋の中に新たな人物の声が響いた。 「お兄様! こんなことをしてはいけませんわ! このような窓もない部屋に閉じ込めるなんて、アルマ様がお可哀想です……!」  儚げな美少女が、うっすらと涙を浮かべながらギルバート様に訴えている。  ギルバート様は美少女を一瞥すると、鬱陶しそうに首を振った。 「エレン、いくら僕の妹とはいえ、勝手に入らないでもらえるかな? この部屋は僕とアルマの聖域(サンクチュアリ)なんだ…………ん? 今何かしてたかいアルマ?」 「いえ何も」  私は速書きでメモした「使えそうなフレーズ集」の手帳をそっと隠した。 「それに僕とアルマは恋人同士なんだ。監禁して何が悪いんだ? こうでもしないと愛らしいアルマを守ることなんてできないだろう?」  ギルバート様は優秀な方のはずなのに、監禁は犯罪であるという事実はすっぽり頭から抜けているらしい。さすが生粋のヤンデレだ。  しかし、妹のほうは正常な思考の持ち主らしい。兄のヤンデレ理論に丸め込まれることなく、控えめながらもまったくの正論で言い返してきた。 「監禁以外にも守る方法はありますわ。それに、アルマ様のご両親はこのことをご存知なのでしょうか……? 事実を知ったらきっとショックに思われるはずです……。わたくしから伯爵家にご連絡をして──」 「エレン様、私のことなら大丈夫ですわ」  話が大きくなりそうな気配を感じた私は、慌ててエレン様の発言を遮る。 「私、このお部屋をとっても気に入っていますし、これから始まる生活にワクワクしているんです」 「ワクワク……?」  エレン様が得体の知れないものを見るような目で私を見る。  監禁にワクワクするなんて、頭がおかしいかド変態のどちらかに決まっている。私は違うけれど。 「それに、ギルバート様が仰ったように私たちは恋人同士……。私だって愛するギルバート様と片時も離れたくないんです。両親には私から話しますから、まだ何も言わないでください。あ〜、なんて素敵なお部屋!」  ミュージカル女優ばりのジェスチャーでワクワク感を表現すると、エレン様は「わ、わかりました……」と返事をし、ギルバート様は至福の表情で「僕もアルマを愛しているよ」と手の甲にくちづけてきた。 「ではお二人ともお忙しいと思いますので、私に構わずお出かけください。私も新しい部屋でいろいろ支度がありますし」 「はあ……名残惜しいけど、たしかにこれから仕事があるからそろそろ行くよ」 「……ではわたくしも失礼いたしますわ」  そう言って二人ともやっと部屋から出て行ってくれた。  まったく、二人に付き合っていたせいで、せっかくのいいシーンが頭から抜けてしまった。  でもギルバート様のセリフで新たなインスピレーションが湧いてきた。 「これはエモの予感……! 早くプロットに起こさないと!」  私は飴色の豪華な机にかじりついて、湧き出る妄想を急いで紙に書き連ねたのだった。
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