3人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
監禁生活10日目
「ああ、アルマ! 会いたかったよ……!! 出張なんてもう二度と行くものか!」
私が執筆机の前で妄想に耽っていると、いきなり扉が開いてギルバート様が駆け込んできた。私に会いたくて仕方なかったのは分かるが、ノックは必ずしてほしい。
エレン様との出来事を思い出しながら、原稿を広げてなくてよかったと安堵していると、ギルバート様が怪訝そうに思いきり眉をひそめた。
「は……? エレン? どうしてお前が僕とアルマの部屋に??」
ギルバート様が見つめる先にいるのは、彼の妹エレン様だ。
儚げ美少女だったエレン様は、一週間前と比べるとだいぶ凛とした態度でギルバート様に言葉を返した。
「あら、お兄様がわたくしにアルマ様のご様子を見るよう頼んだのではありませんか」
「たしかにそうだが、今日は僕が出張から帰ると分かっているんだから、ここに来る必要はないだろう?」
「ここに来る必要はない? ふふっ、何を仰いますやら。先生の秘書であるわたくしが参らなくてどうするというのです?」
「は? 先生って?」
「こちらにいらっしゃる、ジェラルディン・アンドロメダ先生ですわ!!」
突然エレンに堂々と秘密を暴露され、私は盛大にお茶を噴いた。
「ちょっ……何言ってるの、やめ──」
「アンドロメダ先生は耽美で繊細な人物造形と刺激的な恋愛描写を得意とする新進気鋭のBL作家! わたくしは執筆で多忙な先生を補佐する秘書として毎日ここに通っているんですわ!」
「エレン! やめてちょうだい……!」
一週間前、私の原稿を読んで幻滅ドン引きされるかと思いきや、目の色を変えて「続きはないのですか?」と尋ねてきたエレン。私の味方だと思ったのにどうして……と思っていると、エレンが申し訳なさそうに謝ってきた。
「すみません、先生。兄が帰ってきて執筆の邪魔になると思ったらイライラしてしまって」
それはある。
しかし、暴露はしてほしくなかった。
「ジェラ……アン……?」
ギルバート様が綺麗な宇宙猫のような顔で私のペンネームを呟いている。
ああ、もう駄目だ……。こうして裏の顔を知られてしまった以上、私はもう捨てられてしまうかもしれない。そうなれば、この快適な執筆部屋ともお別れだ。
絶望に打ちひしがれていると、エレン様が私の手を取り、安心させるように微笑んだ。
「心配しないでください。万が一の場合は、わたくしが先生を援助いたしますから」
「エレン……!」
公爵令嬢の援助が得られるなら安泰だ。
ギルバート様とは違ってBLへの理解もあるし、むしろパトロン交代してもらったほうがいいかもしれない。
期待に胸を膨らませながらエレンに抱きつくと、バンッと机を強く叩く音がした。
「ねえ、どういうこと? ちゃんと説明してくれる?」
ギルバート様が怒りをたたえた眼差しでこちらを見ている。
そりゃあ聞きたいことはたくさんあるだろう。
まずはやはり私がBL作家ということだろうか……。
「なんでエレンが呼び捨てで呼んでもらってるの? 僕はまだ様付けなんだけど? しかも親しげに抱き合ってなんなの? いつの間にそんなに仲良くなったの?」
え、そっち?
てっきりBLについて詰められると思っていた私は拍子抜けしてしまう。よし、そっちの件はこのまま有耶無耶にして……。
「先生はわたくしをBLに出会わせてくださった恩人……。わたくしたちはBLへの深い愛で固く結ばれているの! 先生と本当に通じ合っているのはお兄様ではなくわたくしよ!」
ちょっ、エレン!?
この子はどうして隠しておきたいことを堂々とバラしてしまうの!?
これじゃもう隠すことができない──。
「さっきからBL BLって……! BLって一体何なんだ!?」
「BLというのはボーイズラ……」
「あーーー!!! BLというのは『ビューティフルラブ』のことです!!! 清らかで美しい恋愛劇のことでーーす!!!」
エレンの余計な説明を大声でかき消し、私は何も知らない無垢なギルバート様を洗脳した。
BLとは「Beautiful Love」のこと。
そう、何も間違ってはいない。
「……つまり、BLとは美しい恋愛劇のことで、アルマはその小説作家ということなのかい……?」
「イエス! その通りです!」
「すごいじゃないか! アルマにそんな才能があったなんて……!」
訂正したがっているエレンの口を塞いで制しながら、私はさらに洗脳を続ける。
「ペンネームは『ジェラルミン・アンドロイド』というんです。ちょっと名前が似ている作家がいるんですけど、それは私とは別人なので!」
これで、あとは『ジェラルミン・アンドロイド』名義で普通の恋愛小説を書いて出版すればOKだろう。
「名前が似ている作家か……。紛らわしいから向こうの作家は名前を変えさせようか?」
「いえ大丈夫です! 急に名前が変わるとファンの方が混乱するでしょうから!」
「そっか、アルマは優しいね」
ギルバート様が甘い笑顔を浮かべ、私の頭を愛おしそうに撫でる。ちょろくてよかった。
「……でも、エレンと仲が良すぎるのは嫉妬するな。アルマと通じ合っているのは僕のほうだよね?」
「もちろんです。私が毎日こんなに楽しいのも、あなたのおかげですもの、ギルバート」
ダメ押しで呼び捨てで呼んであげると、ギルバートは心底嬉しそうに瞳を輝かせた。ほんとちょろいな。
「うん、これからも永遠に一緒だよ」
「はい、幸せです」
◇◇◇
──それから私はヒット作を連発し、稼いだお金で執筆部屋をさらに快適に改造した。
エレンは秘書として辣腕を発揮し、たまに好みのカップリングをリクエストしつつ、今は出版社設立のために奔走している。
ギルバートは、外で「BL小説を愛読している」と言い回って周囲を困惑させたらしいが(エレン談)、誰も突っ込むことができなかったため相変わらずBLを誤解したままでいてくれているらしい。
「よし、今日もバリバリ書くぞー!」
私は張り切って腕まくりし、ギルバート受けのBL小説の執筆に取りかかった。
最初のコメントを投稿しよう!