計画失敗

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計画失敗

「これは……一体どういうことですかなっ?」  王宮に到着するなり、兵士たちがずらりとハスラオを取り囲む。連れてこられたコムラとヤガサが怯えた表情で兵士たちを見回していた。 「私はアトリス国外交官、ハスラオ・シフィですぞっ? このような扱いを受ける謂れはない!」  精一杯抗議の言葉を発するが、近衛師団は頑として動かない。 「おい、聞いているのかっ」  ハスラオが詰め寄ったところで、近衛師団がざっと道を開ける。その向こうに立っているのは、カラツォ国王、ヘンドリク・ニールである。 「おお、これは国王陛下。一体これはどういうことなのですか?」  恭しく礼をし、しかしながら抗議の姿勢は崩さずハスラオが声を尖らせる。 「アトリス国外交官、ハスラオ・シフィ。その他数名に、反逆罪の疑いがある」  カラツォ国王ヘンドリクは強い言葉でそう言い放ち、近衛師団に拘束を命じた。 「なっ、何を根拠にそのような! 私が一体何をしたとっ?」  近衛兵に腕を掴まれ、抵抗しながらハスラオが騒ぎ立てる。 「アトリス国皇太子、リダファ・アムー・アトリス殿殺害の容疑だよ」 「そのようなっ、私が一体何をしたとっ?」 「俺を海に放り込んだだろ?」  ハスラオがビクリ、と体を震わせる。今の声は……、いや、そんなはずは、と頭の中で否定をする。 「謀反(むほん)とはねぇ」  ゆっくりと歩いてハスラオの前に現れたのは、紛れもなくリダファ本人だったのである。 「リ……、リダファ様! ご無事だったのですねっ!」  生きているはずのないリダファが目の前にいる。あの状態で夜の海に投げ出され、無事でいるはずなどないのに、だ。 「白々しいぞハスラオ。話は全て聞かせてもらったよ」 「話、とは一体……?」  どこまでも白を切り通すつもりのハスラオの前に姿を見せたのは、 「ララナが全部聞いてるんだ!」  ハスラオが苦虫を噛み潰したような顔でララナを睨み付けた。が、次の瞬間、パッとリダファを見て、声を上げる。 「リダファ様、騙されてはなりません! あなた様を暗殺しようなど、この私がするはずがないではありませんかっ。それより、怪しいのはこの女の方だ! リダファ様、この女はニース国王の娘、ララナ様ではございませんぞ!」  ララナを指し、激しく罵倒する。 「きっとこの娘がリダファ様を亡き者にしようと誰かと企み、殺害を企てたに違いありませんっ。この娘がゴフッ」  リダファはハスラオの腹に思い切り蹴りを見舞っていた。 「俺の大事な妻に向かってなんて口の利き方だ。ララナはな、たった独りで海に飛び込んで、一晩中必死に、俺を助けるために泳ぎ続けてくれてたんだぞ? いいかハスラオ。この件に関しては徹底的に調べ上げて、厳罰に処すから楽しみにしていろ」  そう口にするリダファは、今までのどこか抜けている、やる気のない皇子の顔ではなかった。凛とした、威厳に満ちた王族の顔をしていたのである。 「地下牢へ!」  国王ヘンドリクの命で、三名は地下牢へと連行されて行った。宰相のコムラと執事のヤガサは最後まで無実を叫んでいたが、ハスラオは観念したのか、大人しく歩いて地下へと入ってゆくのが見えた。 「ヘンドリク様、お力添え、感謝いたします」  ララナと二人、深々と頭を下げる。国王ヘンドリクは父であるアトリス国王ムスファより少し年上だ。やり手で厳しい人だと父ムスファからは聞かされている。 「うむ、リダファ殿はだいぶご立派になられたようですな。やはりなのでしょうかねぇ?」  隣に立つララナを見、意味ありげに微笑むヘンドリクに、リダファは視線を逸らして誤魔化すしかなかったのである。 「陛下? 私、力ない。でもリダファ様、笑うおもろし、するます!」  ララナがそう言ってグッと拳を握った。その様子がおかしかったのか、ヘンドリクが大声で笑った。 *****  翌日はカラツォ国王の即位三十年を祝う式典が執り行われ、国内外の要人たちが次々に来訪し、国を挙げてお祝いムード一色となっていた。  そんな中、リダファとララナは要人たちに囲まれ、挨拶回りに明け暮れる。畏まった席は初めてのララナは始終緊張しっぱなしで、体中ガチガチになりながらも一生懸命責務を果たしていた。  昨日の今日である。カラツォ国王、ヘンドリクからは無理をしないよう声を掛けられてはいたが、昨日の今日だからこそ、リダファはこの機会を逃すべきではないと考えたのだ。  自分はアトリス国の、次期国王。  今まであんなに嫌で仕方なかったこの肩書を、今は誇りにしたいと思っているのだから、不思議なものだ。 「これはこれはリダファ様、お久しゅうございますな」  初老の男性に声を掛けられる。確か彼はカラツォの大宰相。 「これはキッカナ様、お久しぶりです」  手を出し、握り合う。 「昨日はお騒がせしまして、申し訳ありませんでした。ご挨拶が遅れ、重ね重ねすみません」  カラツォ国にしてみればいい迷惑だろう。国王の即位三十年を祝う前日に、お家騒動を持ち込まれたのだから。大宰相であるキッカナは仕事に追われずっと会えず仕舞いで、詫びどころか挨拶すら出来ていなかったのだ。 「いやいや、無事で何よりでございました。奥方様が大活躍しなさったとか?」  ララナを見てにっこり笑う。と、釣られてララナも大宰相ににっこりと笑いかけた。 「ええ。彼女がいなければ私はここにはいません。それは間違いない」  リダファは眉を寄せ、真剣な顔でそう言った。 「二人の絆は大いに深まったわけですな」 「そうですね」  なんだか照れ臭くなり、頭を掻くリダファ。 「ところで」  大宰相であるキッカナが声色を変え、リダファに顔を近付ける。 「この度の謀反、黒幕はあの外務官だとお考えですか?」  随分踏み込んだ質問である。 「まだなんとも。しかし、彼の力だけで王政を動かせるほど我が国は甘くないと思っております」 「なるほど」  あまり内情をぺらぺら喋るものでもないだろうと、リダファは適当に話を切り上げ、別の要人の元へ歩き出した。 「うむ。なかなかどうして……」  そんなリダファを見、キッカナは満足そうに頷いた。
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