運命の人

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運命の人

 何度目のやり取りになるか。  ニース国王、ガイナ・トウエはアトリスから来た書簡に目を通した。相手はアトリス国大宰相であるエイシル・ミオ・ラルフである。  初めて書簡をもらった時には、すべてが終わったと思ったものだ。輿入れしたララナがララナではないと知られれば国際問題である。今にして思えば、何故あの時、あのような無茶な要望に応えてしまったのか。  結局、ララナは死んでしまった。娘を殺したのは、自分だ。そのことがガイナを苦しめる。が、幼い王子たちのためにも、立ち直らなければならなかった。  最初の書簡には、ララナが偽物であることは極一部の人間だけが知っていること。しかしそのことを咎めるというよりは、何故そうなったかの過程を知りたがっている質問が綴られていた。そして『こちらにいるララナ嬢がガイナ・トウエ様の血縁である書面も確認済』と書いてあった。  だから、  ガイナはあの日のことを細かく書簡に記した。ただ一点、身代わりの娘が全くの赤の他人であることだけは、伏せたまま……。  ガイナにララナ以外の娘はいない。そもそも、側室や愛人など存在しないのだから。しかし偽物の証明書類のおかげで、疑われることなく国王の実子であると認められているようなのだ。  ならば……  国のためにも、身代わりとなったヒナのためにも黙っておくことが賢明だという判断である。  意外にも、ヒナはアトリス国の皇太子の心を掴んだようなのだ。そして暗殺されるところだった皇太子の命まで助けた。このことがアトリスとニースの絆を深めることにすらなっていた。  元々、ヒナは気のいい娘であった。それが受け入れられた最大の要因なのだろう。が、これはガイナにとって、嬉しい誤算である。 『これからも末永く、娘の幸せを祈ります』  そう締めくくると、三つ折りにし、封筒に入れ、封蝋印を押す。  いつかニースにも来るのだろうか。  願わくば、もう二度と訪れて欲しくはない。  亡き娘を思い出させるヒナ。その出生は謎に包まれ、どこの誰ともわからぬヒナ。血縁でないと知れれば、アトリスとの関係は反転してしまうだろう。  国王であるガイナにとってヒナは、有難い存在でもあり、同時にこの上なく厄介な存在になっていたのだ。 ***** 「リダファ様、今度行くのとこ、私は踊ってもいいのとこ?」  ワクワクした顔でそう言って見上げてくるララナに、リダファな苦笑いで答える。 「あのね、ララナ。普通は皇太子妃って人前で踊ったりしないんだよ?」 「ええっ、なんでダメか? 私、踊る、みんなのですのに!」 「、な。まぁ、確かにララナの舞はとても素晴らしいんだけどね。カラツォの時みたいなのはナシだ。いいね?」  リダファの言葉に、シュンとするララナ。が、次の瞬間パッと笑顔になると、 「おしのび、あるますかっ?」  ララナの言葉を聞き、リダファが慌てて人差し指を口の前にあてる。 「しっ! ララナ、大きい声出しちゃダメだよ。お忍びっていうのは、内緒、ってことなんだからね?」 「ないしょう?」 「な・い・しょ。秘密ってこと。なんとかイスタに無理言って、少しだけ街へ出られないか計画してるところなんだ」 「おでかけ、楽しいですね、リダファ様!」 「そうだね、行けるといいな」  ハスラオの事件から数カ月。また、国外への公務が入ったのだ。  今度は大陸内なので海は渡らない。  とはいえ警備は今までにないほどの厳重さで臨むこととなった。そんな中、抜け出して街を散策したいだなどと言い出したのだから、言われたイスタは災難である。 「リダファ様とお出掛け、楽しみ! 私、頑張るます!」  何故かガッツポーズのララナに 「なにを?」  と訊ねると、 「リダファ様の、頑張るますのです」 と自信満々である。 「ララナが何度も恩人になるような事態はあまり感心しないなぁ」  リダファはこめかみを掻きながらそう言った。暗殺はもううんざりである。 「私はいつもリダファ様の味方する! ます!」  元気よく右手を突き上げるララナを、リダファは何とも言えない顔で見つめるのであった。 ***** 「いいですか、くれぐれも時間通りでお願いしますよ?」  嫌になるほどイスタにそう言われ、しかし目の前の楽しみに押される形で、リダファとララナは何度も大きく頷いた。お付きは一人、護衛は二人。目を離さないよう、つかず離れずの距離を歩いてくれることになっていた。  隣国エルティナスでの公務を明後日に控え、リダファとララナは早くも現地に到着していた。公務の前に、少しだけ自由時間を、とイスタに懇願し、何とかもぎ取った特別な時間である。  王宮暮らしの長いリダファにとって、こんな風に街を闊歩することなど人生においてほとんど経験がない。そしてララナは、島国育ちだ。異国の街並みを見て回るのは今回が初めてなのである。 「くれぐれも羽目を外さないよう……って、聞いてますかっ?」  前を歩く二人はおのぼりさんよろしく物見遊山気分でフラフラしている。露店で買い食いなどしていると目の前に現れたのは、 『占いの館』 「ララナ、ここ、どう?」 「ここ、美味しいのところ?」 「いや、占いだよ」 「はぁ? そんなところに入るんですかっ?」  お付きはイスタである。監督責任を問われぬよう、二人を監視、指導しなければいけないわけだが、ちっとも話を聞いてもらえずにいた。  エルティナスはそう大きな国ではない。が、大国に周りを囲まれているおかげで流通が盛んでとても賑わっている。街には商人たちが行き交い、物珍しい食べ物や雑貨なども沢山ある活気溢れる国だ。  そんな場所で、まさかの、占い……。 「俺、占いとかしてもらったことないしさ、面白そうだろ?」  リダファは乗り気である。 「おもしろい、とてもいい! 行くます!」  ララナが右手を突き上げる。 「……まったくもう」  イスタは渋い顔だが、仕方なくついていく。  占いの館は、小さな入り口をくぐると待合室のような空間があり、どうやらその向こうの部屋で占うようだ。中から黒装束のおばあさんが顔を出す。 「いらっしゃい。占ってほしいのはその二人だね?」  何も言っていないのに、リダファとララナを見てそう言い切る。 「俺、完全無視なんだ」  イスタが小さく呟く。 「さ、中に入りなさい。あんたはそこで待ってて」 「えっ?」  イスタが何か言おうとするが、リダファがそれを止めた。 「大丈夫だ、少し待ってろ」  そう言って、ララナと二人だけで小部屋に入っていく。  中は本当に狭い個室だった。  促されるまま並んで座ると、占い師は開口一番、言った。 「あんたたちは出会うべくして出会った運命の相手だね」  と。
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