記憶

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 意識を取り戻したララナを見つめていたのは、女中長のマチだった。ララナはマチの顔を見るなり飛び起き、激しい頭痛に頭を押さえる。 「ララナ様!」  マチが慌てて手を出した。その手を制し、ララナが半身を起こす。焦点を合わせるのにしばらく時間を要したが、頭痛以外特に気になることはない。  いや、気になることなら、ある。  さっき見た光景は……あれは、 「リダファ様はっ!?」  パッと顔を上げ、マチを見る。その顔が引き攣っていることに気付き、やはり夢ではないのだと確信した。どうしてあんな光景が目に飛び込んできたのかはわからない。ただ、わかることはひとつだけ……、 「リダファ様は無事なのですかっ?」  飛び掛からん勢いでマチに訊ねると、マチは困ったような顔でララナを見返す。 「ララナ様、なぜ……、」  マシラと話している最中、ララナは急に叫びだし、倒れたと聞いた。そしてそのまま丸一日眠り続けた。  そんな中、視察に出向いていたリダファが土砂崩れに巻き込まれたと一報が入り、助け出されたリダファが運び込まれたのだ。大きな怪我はしていないものの、落石で頭を打っているとのこと。まだ意識はなく、眠り続けている。  目覚めたララナは明らかにリダファの身を案じている。知り得るはずのないリダファの状況を、何故知っているのか、マチにはわからなかった。 「リダファ様はどこにっ?」  ベッドから降りると、ふらつく足で部屋を出ようとする。 「ララナ様、まだ、」 「リダファ様はどこですっ?」  半狂乱のララナを支えるようにし、マチはリダファの元へと連れて行くことにした。この二人には何か見えない絆のようなものがあるのかもしれない。そう、思うしかなかった。  廊下でイスタに会う。寝間着にガウンを羽織っただけのララナを見て驚くも、状況を察知してか、すっと頭を下げる。 「イスタ! 一体何があったのですかっ? リダファ様は無事なのですかっ?」  ララナの言葉に、イスタが状況を説明する。説明を聞き終えると、ララナはグッと唇を噛み締める。 「まだ目を覚ましておりませんが……。お会いになりますか?」 「行きます」  気丈にも涙を見せることなく、しっかりとした足取りでリダファの眠る部屋へと向かう。  寝室には数名の女中と医師がいた。リダファはベッドの上で眠っている。頭に巻かれた包帯が少し赤く染まっているのを目にし、あまりの痛々しさに目を伏せる。  医師がララナに気付き立ち上がると、軽く頭を下げた。 「容態はどうなのですか?」  訊ねるララナに、眉を寄せ答えた。 「今は安定しております。ただ、意識が戻らないのが心配ですな」 「……そう、ですか」  ベッドの隣へ行き、しゃがみこむ。そっと手を出し、その頬に触れる。  生きてる。  それだけで体中から力が抜けてしまいそうなほど、安堵した。 「イスタ、他にも怪我人が?」  首だけを動かしイスタを見上げると、 「大したことはありません。たまたまリダファ様が立っていた場所にだけ、土砂が流れたので……」  申し訳なさそうに顔を伏せるイスタに、ララナが声を掛ける。 「イスタのせいではないです。皆が無事で、よかった。あとはリダファ様が目を覚ましてくれさえすれば」  リダファの顔を見つめ、祈る。  どうかリダファが目を覚ましますように。あの幸せだった日々を、奪わないでほしい、と。不安で仕方がなかったが、その気持ちを押し殺す。とにかく今は、回復を信じたかったのだ。 *****  その頃、副宰相の、キンダ・リー・フェスの元にある人物が訪れていた。目には掛けていたがなびくことのなかった男だが、最近やっと懐に入れることが出来た。ハスラオよりもいい駒になりそうなのだ。  謀反を企みハスラオにリダファ殺害を命じたものの、ララナのせいで失敗に終わったあの日から、しばらくは大人しくしていた。だが隙あらばと機会をうかがっていた彼にとっては願ってもいないものが手に入った。  そしてこのタイミングで入ってきたリダファの事故。聞けば意識不明というではないか。これは、もしかすると、もしかするのではないかと期待に胸を膨らませる。 「副宰相」  声を掛けてきたのはハスラオの後釜として外交官に任命された男。歳は二十五とまだ若いが、大宰相のエイシルからも絶対的な信頼を得ているウィル・ダフラ。いつもにこにこと愛想のよい彼は、家臣たちの中にあってもそつがない。誰とでも気さくに話をする半面、どの派閥にも属さず常に単独で動いている印象である。  そんなウィルを懐にと考えたキンダは、幾度となくウィルに声を掛け続けた。一筋縄ではいかない彼を動かし、何とか味方につけることが出来たのはほんの数カ月前の話だ。 「ウィルか。アレはどうしている?」 「問題ありません。私のところで丁重にお預かりしておりますよ」 「それならよい」 「それより、今回のリダファ様のお怪我のせいで、ニース行きが怪しくなってしまいましたね」 「致し方あるまい」 「ニース国王には直接お会いしたかったのですが……」 「そなたの集めた証拠だけでも充分だと思ったがな」  ウィルはハスラオの後継者として外交官の仕事をしているのだが、対ニースに関して引っ掛かることがあったのだという。それは、大宰相エイシルの元へ届く書簡だ。何故こんなに頻繁にニースと書簡のやり取りをする必要があるのか? あまりにも不自然なのだ。そしてその『不自然』を黙って見過ごせる性格ではない。気になることがあればとことん調べ尽くす。真実を追い求めて、納得のいく答えを手にするまで。  真実を突き止めたのは数カ月前。そう。まさにキンダからの熱いラブコールを受け続け、そろそろ身の振り方を考えねばと思い始めた頃だ。それまで政治や権力になど興味はなかったのだが、とんでもない切り札を手にしたことで、自分の手で風向きを変えることが出来るかもしれない、自分の動き如何で国を動かせるかもしれないという欲望に、目が眩み始めたのだ。  更に少し前、もう一つの切り札が転がり込んできた。 「どうしてやろうかと思案してはいるが、事を急いてはなんとやら、だ。しばらくは今のまま様子を見るぞ。いいな?」  キンダがそう命じると、人の良い顔でにっこりと微笑むウィル。 「承知いたしました」  あとは、タイミングだけだ……。
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