遺志を継いで

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遺志を継いで

 身代わりはいともたやすく用意できた。使者が出した条件に合う娘がいたからだ。  年齢が同じくらいであること。  見た目がそれなりに美しいこと。  極力、血縁がいないこと。  その条件に合うものがいれば、後は簡単だ。その者と国王が血縁であるという事実を捏造すればいい。つまり、妾の子だということにするのだ。ララナが偽物だとアトリス側に知られるようなことがあっては困るが、万が一の際は『妾の子ではあるが、間違いなく王の娘だ』と言い張れる。  まぁ、これは少し無理気味な言い訳ではあるものの、これでニース側の言い分は立つ。ガイナが男鰥(おとこやもめ)であることも好都合だった。 「ヒナ、前に出なさい」  急に呼びつけられ、国王と、異国からの使者しかいない部屋に通され、ヒナは緊張していた。初めて見る異国の使者は背が高く、色が白い。本に描かれている挿絵と同じだなぁ、などとどうでもいい感想を抱く。 「ヒナ、お前はララナと仲が良かったな?」  国王ガイナに問われ、コクリと頷く。 「年は、ララナと同じか?」 「はい」 「お前は確か、両親が……、」 「おりません。私は施設育ちです」  今更素性など、どうして聞かれるのかわからない。が、この言葉に、何故か使者が目を見張り、満足そうに笑ったのである。 「ララナはこの国のことをとても愛していた。それは知っているな?」  国王の言葉に、大きく頷く。いつだってララナはこの国を愛していた。 「しかしあのようなことになり、アトリスへは渡れなくなってしまった」  肩を落とし、深く息をつく。 「その意志を、継いではくれまいか?」 「……えっ?」  何を言われているのかわからず聞き返す。 「ララナとして我がアトリスへ来ていただきたい、と申し上げているのですよ」  急に割り込んできた異国の使者に、思わず体を震わせてしまう。 「わた……しが……ですか?」 「ララナ様とずっと一緒にお過ごしだったあなたなら、ララナ様らしく振舞うことも可能でしょう?」 「そんなっ、私はただの従者で、お嬢様の代わりなんてとても無理ですっ」  ブンブンと首を振り、後ずさる。 「ヒナ! なんとかララナの意志を継いではくれぬものか? この国と私を助けると思って。この通りだ!」  深々と頭を下げる国王ガイナを見、慌てるヒナ。 「そんな、国王陛下おやめくださいっ」 「では、」  シン、と静まり返る、部屋。絶対に無理だとわかっている。わかっているが、否定的な言葉など発せられる状態ではなかった。 「もし、私がララナ様ではないと知れたら、」 「その時には『私は代わりを押し付けられた、王の妾の子だ』と泣きついてください。皇太子は優しいお方。事情を知ればあなたを無下にはしません。それどころか、悲しい境遇に同情し、あなたに本心を曝け出してくれるやもしれません。今の皇太子は、ねぇ」 「え? 心を、閉ざして?」 「ええ。に、リダファ様もまた、心傷つき自分の中に籠っておられます。もう三年近く。ですから、私共としてはこの度の縁談がリダファ様にとって救いになるのではないかと期待もしておったのです。まさかこのような形で、ララナ様が縁談を拒否なさるとは……。もしこのことがリダファ様の耳にでも入ろうものなら、きっと彼は今以上に思い悩んでしまうでしょう。自分の存在が人を不幸にする、とね」 「そんなっ」  ヒナが拳を握り締める。  もう、誰かが傷つくのは見たくない。あんな悲しいこと、あってはならないのだ。 「いかがかな? 我がアトリス国を……リダファ様を救ってはくださらないだろうか?」  異国の使者の深い緑色の目に見つめられ、ヒナは覚悟を決める。 「わかりました。私でよいのであれば、喜んで参ります。ララナ様の分まで、私がっ」  ニヤリ、と使者が笑う。 「おお、ヒナ、行ってくれるか」 「ララナお嬢様の意志を継ぎ、陛下のお役に立ちますよう、頑張ります」  恭しく頭を下げる。  嘘をつく、という行為は褒められたものではないが、大義名分の前ではそれもまた、察するに余りある事情だ、などと思えてしまうのだから恐ろしいものだ。 「それでは国王陛下、準備もございましょうから、数日間、支度期間を設けましょう。彼女との関係性を証明する書類の作成などもぬかりなくお願いしますよ。その間、我々の滞在許可を」 「おお、勿論! なるべく早く出立できるようにいたしますが、それまではどうかごゆるりと」 「ありがとう存じます」  目の前で大人たちが画策する姿を目の当たりにしながら、ヒナはただただ不安を募らせていたのだった。  本当なら、眠り続けるララナの傍にいたい。彼女のお世話をしながら、いつか目を覚ますその時までついていたい。しかし、それは叶わぬ夢となりそうだ。  隣国とはいえ、見知らぬ土地であるアトリス国。身分を偽って嫁ぐことになるなど、思ってもいなかったのだった。 *****  準備もそこそこにやってきた異国の地で、初めて目にしたアトリス国の皇太子リダファ。美しい髪の色と瞳。そして物憂げな表情。それは使者が口にしていた『塞ぎこんでいる』に相違ないとすぐに分かった。  私に出来ることは、何?  ヒナは考えていた。  この人を、ララナのような目に遭わせるわけにはいかない、と。  何か、自分に出来ることはないだろうか?  ララナのために。  リダファのために。  正体がバレないよう、細心の注意を払い、何とかうまくやっていかなければならない。  それなのに……。 「お前は、偽物だ!」  リダファに言われた時、心臓が口から飛び出るかと思った。まさか、どうして、と。  何とかしなければ。  どうにかして、この窮地を脱しなければならない。  ヒナは通訳を呼んだ。  自分の想いを、リダファに伝えるために。
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