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雨も上がり、日も差してきたのに泣き声がする。
誰もいなくなった物置からだった。その物置は真っ暗だった。照明は人がいなくなると消えるセンサーがついているし、窓もなかった。
暗い中で泣いているのは──黄色い傘。
雨が降ると、5歳のカズくんがいつも差す傘だった。
「さっきから、うるさい」
この物置に以前からいる、紺色の大人の傘が泣いている黄色い傘に怒鳴った。
「仕方ないじゃない。持ち主とはぐれちゃったんだもの。心細いのよね、ぼく」
16本骨の花柄パターンの折り畳み傘が、紺色の傘の頭上から取り成した。彼女は壁のフックに掛けられている。
「分からねー、でもねぇけどよ」
紺色の傘と同じ棚に入れられている黒い傘が、黄色い傘の泣き声にげんなりして、紺色の傘の肩を持つ。すると、他の傘たちも頷いた。
そう、この物置は電車や駅での忘れ物を保管する場所だった。
雨が上がると、使っていた傘を乗客が忘れることはよくある。この忘れ物を保管する物置には、忘れられた傘がごまんと置いてあった。黄色い傘もカズくんに忘れられ、係の人についさっき、この物置に連れてこられたのだった。
紺色の傘に肩をもつみんなに、高い位置に掛けられている折り畳みの花柄がため息をつく。泣きたいのはみんな同じ、というのが分かっているからだ。
自分たちより先にここにいた傘たちが、一定期間が過ぎると何処かに運ばれていくのをここに置かれている傘たちは何度も見ていた。
何処に運ばれていくのかは、誰も知らない。
もうすぐしたら、自分が運ばれていくのかもしれない。そんな不安に耐えながら、持ち主が自分を取り返しに来てくれることを心待ちにしているのだ。近くで「わあわあ」と、泣きわめかれるのは、不安でしかたなくなる。
だが、黄色い傘は泣き止まなかった。
夜になっても泣き声は物置にひびいていた。よくこんなに泣けるものだ。呆れる傘たちのなかで、
「いい加減に──」
紺色の傘が怒鳴りかけた。まさにそのとき、折り畳みの花柄が歌い出した。
『雨に唄えば』という英語の歌で、黄色い傘には意味が分からなかったけど、弾むリズムに涙は引っ込み、思わず聞き入った。
すると、紺色の傘も黒い傘も、みんな合唱しだした。
黄色い傘は楽しくなって、タップを踏み出した。
「いいぞ。うまいな」
黒い傘が感心し、黄色い傘は益々はしゃいだ。
さっきまで泣いていたのに、みんなと一緒にはしゃげて、この物置にいることが楽しくなっていた。
翌日の昼過ぎも、みんなで騒いでいた。そこに物置の照明が点いた。
傘たちは一斉に黙った。なんで歌が止んだのか分からない黄色い傘はキョロキョロ辺りを見回した。
入り口から、忘れ物の管理をする人が入ってきたのだ。タブレット端末を見ながら彼は、真っ直ぐ黄色い傘の前まできた。
「えーと」
タブレットと黄色い傘を交互に確認した彼は、
「これか」
と、黄色い傘を持って出て行く。
「え、まって」
もっと、みんなの歌を聞きたかったのに。
黄色い傘は管理の人の手の中で、ジタバタした。
「あばれるな」
紺色の傘が注意する。
「良かったわね」
折り畳み傘の花柄がニコリとした。笑顔なのに、とても寂しそうな感じで、黄色い傘は不安になった。
管理の人に連れられ物置をでる。当然センサーが働いて物置の照明が消えた。黄色い傘には、中の傘たちの様子が分からない。
分からないまま、管理の人と外につながる明るい部屋にはいる。その部屋のカウンターにたどり着くと、カウンターの外にカズくんとカズくんのママが立っていた。カズくんは黄色い傘を探していて、今日になってこの忘れ物センターにたどり着いたのだった。
「この傘で間違いありませんか」
管理の人がママに確かめると、ママはお礼を言った。黄色い傘はカズくんに手渡された。
そのままカズくんにギュッと抱きしめられ、黄色い傘はオタオタするばかり。
再度、管理の人にお礼を言ったママが、カズくんを家に帰るよう促す。
「え、帰るの? 待って、カズくん」
黄色い傘の言葉はカズくんには聞こえないようだ。
紺色の傘、黒色の傘、折り畳みの花柄、物置にいるみんなのことが気になって仕方ないのに、カズくんは、
「もう、絶対に忘れないからね」
大事に大事に黄色い傘を握りしめ、帰って行くのでした。
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