届け鮪!

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 お客さんから苛立った声が聞こえた。痺れを切らしたようだ。 「鮪三貫盛り合わせ、まだできないの? 定番ネタだろ」  俺は怒っているお客さんに頭を下げて、心の底から謝った。 「申し訳ございません。港から鮪を乗せて出発したトラックが横転してしまって、代わりのトラックも渋滞に巻き込まれて、今日中にご提供できるかどうかは分かりません」  その言葉を聞いて他のお客さんも苦い声を出していた。 「これから鮪を注文しよううと思っていたのにないの? せっかく寿司屋に来たんだから、どうにかしなさいよ!」 「横転したトラックが動かなくなりまして、渋滞に巻き込まれた代わりのトラックを当店としても待ってる状態です。今日は鮪のご注文を受けても間に合うかどうかわかりません。誠に申し訳ございません」  さらに他のお客さんも怒りの表情を浮かべていた。憤りの連鎖が店内で広がっていた。 「家族五人でわざわざ来たのに鮪がないってどういうことなんだ? 今日は鮪が安くて旨い創業感謝祭だから鮪を求めて来たのに。なんとかならないのか」 「渋滞にはまったトラックを待つしかない状態です。いつ届くかはこちらでもわからないです。本当に大変申し訳ございません」  寿司屋の大将の俺は板場でずっと謝っていた。謝ってばかりで俺の表情は青褪めていた。今日は創業してから五十年目の創業感謝祭が行われる記念すべき日だった。  目玉は当然鮪で、お客さんに通常よりは安く、でも通常よりも旨い鮪を提供するとお店の公式ホームページやテレビCMで謳っていた。まさかそんな大事な日に鮪が届かないことになるなんて。  俺の店は高級店だけど食通も唸らせる旨い店だと評判だった。ネットのグルメ記事でも人気の有名店だった。  俺の店はこんなことで躓いてる場合じゃない。有名な雑誌で長年続いたこの店の特集を組んでもらう予定だった。編集部とはもう話がついていた。五十周年を超えてこれからこの店はさらに人気店になるはずだった。  こんな事態になるとは。どうしたらいいんだ。早く鮪を仕入れなければ。バックヤードにいる新人に話しかけた。 「おい。もうどこからでもいいから、早く鮪を持ってきてくれ。この状態がネットで流出したら大問題だ」  新人は俺の言葉を聞いて静かに頷いた。そして、俺の目を真剣に見つめるとおもむろに口を開いた。 「大将、本当にどこからでもいいんですか?」 「おお。手に入るならもうどこでもいい。できるだけ早くしてくれないか」 「じゃあ、ちょっと電話してきます」 「鮪の当てがあるのか? おまえに全て任せる。頼んだぞ!」  俺は早く鮪が届いて欲しいと目に涙を浮かべながら願った。この店を存続させるために届いて欲しい。  それから二十分後、待ちに待った鮪が大型トラックで届いた。しかも全て新鮮な鮪だった。  俺は新人を褒め称えると、こいつは使える奴だなと思った。俺は新人を信じて、味見をすることなく鮪をお客さんにあわてて提供した。  鮪を待っていたお客さん達は首を傾げながらも、次々と鮪を食べていった。俺は苦しいながらも、その日をなんとか乗り越えた。  閉店してから、新人に尋ねた。 「いったいどこから鮪を仕入れたんだ」 「近所の激安の寿司屋に片っ端から電話をして鮪を大量に仕入れました。新鮮なんですけど味はいまいちです。でも、届いて良かったです」  新人はほっとした表情だったが、俺はその言葉を聞いて血が逆流するような感覚に陥った。これはどう考えても、まずいだろ。あわててネットニュースを調べた。予想通りうちの店に対するクレームが上がっていた。 「速報です。別の安い寿司屋から仕入れた鮪を高値で提供した老舗の寿司屋。みなさん、こんな寿司屋どうでしょうか。私だったら潰れて欲しいです」  投稿された記事から火の手が上がり、俺の店は詐欺店としてネットの至る所で告発された。そして五十年も続いた店が閉店まで追い込まれるのに時間はかからなかった。
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