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シャワーを浴び直し、体を丁寧に拭いてやってから、ベッドに案内する。
男に横になってもらい、中央でそそり立つペニスに避妊具をかぶせた。
「ごめんなさい。決まりなので。ふふ、それにしても、おちんちん窮屈そうですね」
カバーをかけられ、幾分か迫力を失った男の逸物にオイルを垂らし、跨る。陰部にやった指で自らを開き、キャシディーは腰を落としていった。
「んっ……」
やはり大きいが、なんとか苦労して根本まで飲み込む。
遠慮がちに男は、キャシディーの太ももを掴んでいる。
「いいんですよ。たくさん触ってくださいな……」
腰をくねらせながら、キャシディーは男の手を取り、自らの胸に運んだ。
許しを得て、ようやく男はキャシディーの胸を揉みしだく。
「柔らかいな、あなたは……」
男の手つきは、まるで女の体に初めて触れるかのようだ。どこがどうなっているか、探っている。
「旦那さん、まさか初めて……?」
「違います……。でも、こういうのは、随分久しぶりで……」
胸や胴をまさぐったあと、男の手はキャシディーの頬に伸びた。やはり表面はガサガサと荒れていたが、優しいさわり方だ。
気持ちがいい。なぜか、泣きたくなる……。
キャシディーは男の手の平に頬ずりをした。
「私が、動いてもいいだろうか……」
「ええ、もちろん。お好きになさっていいんですよ。――わっ!?」
男は腹筋を使ってひょいと体を起こすと、抱き合うような格好のまま、遠慮がちにキャシディーの腰に手を回した。相手を引き寄せるようにしながら、自分も突き入れる。
「ああっ……!」
たくましい陰茎がやすやすと奥へ届き、子宮の入り口を叩いている。
キャシディーの口から、嬌声が突いて出た。
――演技ではない。
客相手に感じるなんて、いつぶりだろう。相性がいいのか。
けぶる視界の先に、自分を見詰めている黒い瞳がある。――男の。
マスクで覆われた顔の中、唯一表情が伺えるそれ。
筋骨隆々の外見をしているくせに、彼の潤んだ瞳だけは頼りなく見えた。
――泣かないで。
針で刺されたような痛みが、キャシディーの胸に走る。男の首にしがみつき、唇を吸った。
「!」
男の動きが一瞬止まったが、キャシディーは彼を離さなかった。
食いしばった口元を解くように舌を這わせると、やがてゆるゆると開いたそこから太い舌が現れ、絡んでくる。
お互いの口を犬のように舐め合いながら、二人は体を揺らした。
「気持ち、いい……っ。素敵です……っ! もっとちょうだい……っ! 強く、してぇ……っ!」
「んっ、う……っ! ああっ……!」
キャシディーもまた、快感を貪るために自ら動き始める。
ベッドが激しくきしみ、二人はこれ以上ないくらい身を寄せ合い、淫楽を共有した。
「あっ、イク、いく……っ!」
「く……っ、あ……っ! 絞り、取られる……!」
男はキャシディーを掻き抱いた。
強い力で締め上げられ、だが、その苦しさが、キャシディーにとってはたまらなく官能的だ。
男が全てを吐き出すまで、キャシディーは求められる悦びを存分に味わった。
「はあ……っ! は……っ」
二人はしばらくそのまま寄り添い合い、共に荒い息をついた。
やがてキャシディーは男の胸に頬を当てながら、子供のように笑った。
「ふふ、すみません。私も楽しんでしまいました」
「いや……。光栄です」
男のマスクがかすかに揺れた。きっと笑ったのだろう。
時間はまだあったから、男が望めばもう少し奉仕を受けることも可能だった。
しかし男は「もういい」と、それ以上の性交渉を求めなかった。
だからゆっくりと身支度を整え、そのあとは二人でお茶を飲んだ。
「甘いな……」
男はキャシディーが淹れた紅茶を一口飲み、つぶやいた。
「蜂蜜を入れてあるんです。疲れているときはこれが一番。あ、甘いの、お嫌いでしたか?」
「いや、美味しい」
お世辞ではなかったようで、男は目を細め、紅茶を飲んでいる。
男は自分からべらべら喋るタイプではないようだったが、尋ねたことには答えてくれた。
年齢はキャシディーより六歳上で、もうじき三十になるとのこと。
体つきから想像がついたが、職業は軍人だそうだ。しかし現在は休職中とのこと。
最近、この辺りに越してきたらしい。
「もっと良い場所があるでしょうに」
下町は家賃も物価も安いが、治安は悪い。健全な職業に従事している者が暮らすのに、向いているとは思えない。
「正直、先立つものに不安がありまして。当分困らないだけの貯えはありますが、このまま職場に復帰できなければ、路頭に迷います。だから節約しようと思ったのです。確かに物騒な界隈ではありますが、荒事が起きても自分の身は守れるだろうし。それにこんな化け物のような私を襲う、命知らずもいないでしょうしね」
そう言って男はマスクを指さす。自虐的なそれには触れず、キャシディーは微笑んだ。
「旦那さんはお強そうですものね」
「…………」
男は少し間を開けて、「ありがとう」とぽつりと言った。
「でも節約はほどほどに、是非またいらしてくださいな」
半分営業で、半分本音だ。
最初に抱いたはずの男への恐怖心は、キャシディーの中からすっかり消えてしまっていた。
この客は普通程度に奥手な、好ましい紳士だ。キャシディーは軍人にあまりいい印象を持っていないのだが、この男は別だと思った。
「本当は、こんなことに、お金を使うべきではないのにな……」
男はお茶を啜ってから、ハッと強張った顔をキャシディーに向けた。
「すみません……! あなたの仕事をバカにしたわけではない。私にとってこういうことは、贅沢だから……!」
「いいんですよ、気を使わなくて。まあこんな所、来ないで済むなら、そのほうがよろしいですものね」
「…………」
男は指先でマスクの裾を弄びながら、俯いてしまった。
「この傷を負って、私は……。己の弱さに気づいたのです……。今まで性欲に溺れたことはなかったのに……。人肌が……どうしても恋しくなってしまって……」
掛ける言葉が見つからない。きっと相手も慰めを求めていないだろうと察し、キャシディーは沈黙した。
ただ、テーブルの上に投げ出された男の手を握ってやる。
――あとの時間は、静かに過ごした。
終了の合図は、店の者が娼婦の部屋をノックすることになっている。
コンコンとドアを叩く乾いた音が鳴れば、女は客を出口まで送っていくのだ。
「お世話になりました」
「やめてくださいよ、そんな」
几帳面に頭を下げた拍子に、わずかに曲がってしまった男のマスクを直してやりながら、キャシディーは微笑んだ。
「あたしはキャシディーっていいます。火曜日と木曜日がお休みで、それ以外はここにいますから。また来てくださると嬉しいわ」
「私はアロイス。アロイス・バーレといいます。……きっとまたお邪魔すると……思います」
本名を、しかもしっかりフルネームで名乗る客も珍しい。
キャシディーが手を振ると、アロイスはもう一度ぺこりとお辞儀をして、娼館の扉をくぐって行った。
――また来て欲しい。
あの人とまた会えることを想像すると、胸がわくわくと踊り出す。
こんな気持ちは初めてのことかもしれない。
キャシディーはいつの間にか笑っていた。その無垢な笑顔を見れば、彼女が娼婦だとは誰も信じないだろう。
~ 終 ~
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