山だって必要とする

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 正月なのでお参りをしておみくじを引いた。するとよく意味の分からないことが書かれていて、思わず固まってしまった。 「山田、どうかした?」  一緒に初詣に来た友人の山本に声をかけられて我に返る。 「いや、これどういう意味か分からなくてさ」 「どれ? 見せて」  そう言われておみくじを渡そうとしたのだが、山本は身を屈めて距離を詰めてきた。そしてオレの手にするおみくじを覗き込む。  うわ、顔と顔が近い……ドキドキと高鳴る鼓動がバレやしないかと不安になる。 「“山は山を必要としない。しかし、人は人を必要とする”ってやつ?」  優しげなその横顔に見惚れていると、不意に山本がこちらを向いた。唇と唇が触れ合いそうになってオレは急いで身を引く。 「……ち、ちけぇよ、」  絞り出すように言うと、山本はふわりと微笑む。 「そうだね、ごめん」  オレの顔は今、きっと馬鹿みたいに真っ赤になっているだろう。だけど山本は優しいからそれを指摘なんてしない。それでいいはずなのに……少しだけその優しさが憎らしくも思ってしまうオレは心底嫌なヤツだ。 「それで、おみくじのことなんだけど……」 「あー、うん。それだよ、その山は山を〜ってヤツ。どういう意味?」  “山”と“人”なんて全然違うものなのに、まるで比較するように並べる意味がオレには全く分からない。 「んー、ぼくもよく分からないけど……。山は雄大で、既に完成されていて、何の力も借りずにただずっとそこにあり信仰されたりもする。だけど人間は山とは違って他の人間と助け合わないと生きてはいけない。だから他者への思いやりの心や助け合いを大切にしようってことじゃないかな?」 「なるほど、そういうことか」  オレと違って賢い山本がそう言うのならきっとそうなのだろう。こいつが間違ったことを言っているのをオレは今まで見たことはない。……となると、山本は──。 「山本は“山”だな」 「なにそれ。それを言うなら山田だって“山”じゃないか」  くすくすと綺麗に笑う山本はきっとオレが名字のことを言っていると思っている。 「なまえじゃなくて、お前自身が“山”みたいだってことだよ」 「うん? 僕が? どういうこと?」  こてんと首を傾げるあざかわ仕草を披露する山本に歓喜の悲鳴を上げそうになったが、それをなんとか噛み殺して続ける。 「雄大で完成されていて何の力も借りず崇められるってお前のことだろ。……お前はタッパも器もデカい上にイケメンで、文武両道で何でも器用に出来て老若男女に慕われる。人に頼られて助けるけど、人からは助けられたりはしない。だから“山”だって言ってるんだよ」  きっと山本はいい大学へ行って、いい会社に就職して、出世街道まっしぐら。そしていい奥さんをもらって、可愛い子ども達に囲まれて幸せに暮らすんだろうな。…………山本の幸せにへっぽこなオレが入り込む余地なんて全くないだろう。 「山田はぼくを買い被り過ぎだよ。ぼくだって皆に助けられてるただの“人”だよ」 「謙遜するなよ、嫌味に聞こえるぜ」  棘々しい口調で言ってしまったのは、ずっと心に秘めている想いが決して報われることがないと自覚していて苛立っているからだ。  そんなオレを見て山本が困った顔で笑う。 「山田が言うならぼくは“山”でもいいよ。だけど──」  山本はコートのポケットに突っ込んでいた右手をだすと、その手でおれの左頰をそっと撫でる。 「ぼくは山田という“山”を誰よりも何よりも必要としている。ずっとずっとぼくのそばへいてほしいと思う」  山本の言葉に目を大きく見開く。……今、オレにとって何とも都合のいい言葉が聞こえた気がした。こんなことってあるのか? いやないだろ、これはきっと夢だ。  おろおろするオレに山本は更に言う。 「山田がぼくを“山”というなら、ぼくにとっての山田も“山”だ。ぼくはいつもきみの明るさや優しさに助けられているばかりさ。ぼくは、きみに何も返せていない……。」  いや、それは絶対に違う。オレの方が助けられてばかりだ──そう言い返そうとしたのだが……。 「山田、ぼくはきみがいないと生きていけない。ぼくもきみの為に頑張るから──きみもぼくを必要として。ぼくがいないと生きていけない……そんな風になってほしいなぁ」  山本がとろけた表情でオレの唇を指で撫でるものだから、恥ずかし過ぎて何も言い返せなくなる。  ああ、ついさっきした願い事が今にも叶ってしまいそうだ。山本と結ばれたい、そんな願い事が。 《終》
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