カケラ堂。

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 何段も積み重ねられた特大パンケーキの山に登りながら、かつての辛かった日々を思い出し、ぐるぐるの冷たいソフトクリームの渦に巻き込まれて、ぐちゃぐちゃな感情に振り回される苦しみを再確認した。  そしてクリームあんみつの透き通った寒天の中にやりたかったことをたくさん夢見て、溶けないかき氷は自由自在に好きな色のシロップで彩った。 「……もうお腹いっぱい!」 「ふふ、ご満足いたただけたようで何よりです」  不思議なスイーツたちを堪能して、お腹も心も落ち着いた。わたあめのソファーに座りながら久しぶりに心底満たされた心地でいると、くまの店員さんは被り物の下で微笑む。 「お客さまがご満足されたようなので、お約束通り『あるもの』をいただきたいのですが」 「え、あ……。……その、あるものって?」  すっかり忘れていた。恐る恐る視線を向けると、くまの店員さんはキラキラの器を持っていて、それをぼくに差し出す。  中を覗き込むと、そこに入っていたのはぼくが今まで食べてきた『隠し味』のビー玉みたいな球体だった。 「こちらの隠し味、実は人間の心の欠片で出来ておりまして」 「え」 「効果は素晴らしかったでしょう? お料理と混ぜて召し上がることで身体の奥まで染み渡り、満たされた心の欠片でお客さまの心も満たされ、辛かった心の欠片で過去を見つめ直すことができる」 「じゃあ……もしかして、お代って……」  人間の心。それをこんなに食べてしまったのだ。ぼくの命ごと奪われてもおかしくない。  満たされた気持ちが一転、恐怖に染まる。わたあめのソファーから転げ落ちて逃げようとすると、くまの店員さんは緩く首を振った。 「お客さま。どうか今のその満たされた心……覚えておいてください」 「え……?」 「そして将来払いで構いません。より心を豊かにして、いつか誰かに分け与える余裕が出来た時、欠片を回収させていただきます」 「心の、余裕……?」 「ええ。……それから、辛さや苦しさが心の許容量を勝ってしまった時には、そちらを回収することも可能ですよ。今回も少しばかりそうさせていただきましたので」 「へ、いつの間に……?」 「クリームソーダの泡と共に回収させていただきました」 「一番最初から!?」  あれだけぐるぐるしていた心がすっきりしたのは、その影響なのだろうか。  不思議なことばかりで、頭が追い付かない。それでも確かに満たされた心と軽くなった気がする身体に、ぼくは満面の笑みを浮かべる。 「ぼく、きっと幸せな心を支払いに来るよ。それを食べた人が、もっともっと幸せになれるように!」 「……ええ。またのご利用、お待ちしております」  深々とくまの頭を下げる店員さんに見送られ、ぼくは店を後にする。  気付けば外は朝になっていて、雨はすっかり上がっていた。代わりに昨日よりも暑い日差しが降り注ぐけれど、空よりも晴れ渡った心はへこたれない。  ぼくは荷物に入れたままだったお気に入りのくまのぬいぐるみを抱き締めながら、痛みを忘れた足で家に帰った。 「ただいまー……」 「侑!? どこ行ってたの!? 探したんだから!」 「えっ?」  昨日いつものように送り出してくれたお母さんが、血相を変えて出迎えてくる。 「……ぼく、家出するって、旅するって言ったじゃない」 「え、あ……そう、だった?」 「……」  そういえば、家出を決心したくらい苦しかった気持ちが、もうあまり上手く思い出せない。心の欠片を回収された分、自分の中からそれに伴う記憶や感情が少しずつなくなってしまったのだろうか。 「……ねえ、お母さん。もしかして、くまの店員さんがいるお店、行ったことある?」 「あ、そうだ。昨日モンブラン買ったの、食べよっか」  近頃ぼくの言葉を無視することが多くなったのも、会話が噛み合わないことが多いのも、もしかしたら、お母さんの心の辛さや苦しさがあのお店に回収されているからなのかもしれない。  だとしたら、ぼくと居ることで、お母さんの心からは何かが溢れ落ちてしまうのかもしれない。  そんな風に思ってしまうけれど、ぼくはくまのぬいぐるみを抱き締めながら、改めて決意する。 「ねえ、お母さん……ぼく、幸せな心の欠片、お店に返したら今度はお母さんにも分けてあげるからね」 「……? 何の話?」 「こっちの話」 「ふうん? モンブラン、食べる?」 「うん!」  お布団みたいに大きくなくても、山みたいに高くなくてもいい。掌サイズのモンブランをふたりで半分こにして食べながら、ぼくはまた少し、心が満たされるのを感じた。
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