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第4話 避暑惑星アルティメットの首府都市グラース郊外の小さな兎
緑があふれていた。
電気路線自動車を降り、淡いベージュの石畳をしばらく歩くと、朝方、ホテルの端末で検索した目的の館が見えてきた。
緑に包まれたその館はひどく大きなものだ。
帝都本星にある学府の、学生用掲示ページにGが進入して選びとったアルバイト先は、避暑惑星アルティメットの首府都市グラース郊外に住む貴族の子女の家庭教師だった。
教養全般に加え、音楽の素養がある者、という条件は音楽専攻だった彼に向いていたと言えよう。
門の周囲はひどく静かだった。
人の気配というものがまるで感じられない。
インタホンで来訪の目的を告げると、横の待機小屋で待つように指示された。
彼は大人しくその指示に従う。
小屋と名がついてはいたが、それは小さな邸宅と言ってもおかしくなかった。
低賃金層の庶民では一生かかってやっと手に入れることのできる規模のものと言っても差し支えない程である。
黒い卓の上には初夏の、主に木を彩る小粒の、淡い色と淡い香りの花々が飾られていた。
時々窓から入り込む穏やかな風にさわさわと揺れ、支那趣味の卓の光沢のある表面に盛りの過ぎた粒をぽろぽろと落としている。
こういう沈黙は彼はそう嫌いではなかった。
だが一方、待たされるのはそう好きではない。
観察を続けるにも限度はある。
そう思った時だった。
ぴょん、と兎が跳ねた。
「大佐! ここで会えるとは思わなかったわ!」
明るい声が彼の耳朶を打った。
昨夜の少女だ。
大きな耳を付けていない少女はそれでもルビーの瞳を持っている。
「君か」
「ルビイよ」
少女はその目と同じ名を口にする。
飛び跳ねる勢いで、彼女は言葉を彼に投げつけた。
「今日はまだ朝よ。じゃあ今は大佐さんじゃ変よね? あたしあなたを何て呼べばいい? この家に来たの?」
どれから答えたものか、と彼はやや苦笑する。
だがそれは決して悪い感じではなかった。
「サンド・リヨンって言うんだ」
彼は普段から使い慣れている偽名を口にする。
「学校で紹介されてね、ここでアルバイトすることになっているんだ」
「サンド? 昔の作家さんのような名前ね。ジョルジュ・サンドって居たでしょう? 遠い遠い昔。ああでもあれは女性だったかしら。知ってる? ショパンの恋人だったひと。ピアノできるんでしょ? だったら知ってるわね? ここで仕事? だったらそんな所に居ずに、行きましょうよ」
ローサイドのウエストの、膝の少し下まであるワンピースにも関わらず、少女は機関銃のように言葉を投げかけると、身軽に窓を乗り越えた。
「昨夜の大佐の軍服の恰好も素敵だけど、今日のも悪くないわね」
「ありがとう。君もその方が可愛いよ」
くす、と少女は笑う。
仮装舞踏会の昨夜では年齢が判るような恰好ではなかったが、太陽光の下ではまだ十三にもなっていないように見受けられた。まだ女性になりかかってもいない、「少女」だ。
「君はここの子なの?」
うん、と少女はうなづいた。
「正確に言えばそうではないのよ。でもアルバイトの先生を必要としていたのはあたしよ。ようこそこの館へ」
スカートの端をつまむと少女は可愛らしいお辞儀をした。
そして彼の手を引っ張る。
「あんなところで待たされてるんじゃ、いつまで経っても伯爵に会えないわよ。あのひと、そういうひとだもの。やってきた人に興味なんてないのよ」
「伯爵?」
「昨夜あなた会ったでしょ?」
あの紳士か、と彼は記憶をひっくり返す。
夢見がちな瞳をしていた、という記憶がよみがえる。
「彼もここに居るのか」
「はずれ。ここは彼の館なの。ずっとずっと彼が一人きりで暮らしてきた所よ」
「一人きり、というと家族は」
「変わり者ですもん」
昨夜同様、間違えると嫌味にしか取れない台詞を、少女はさらりと言ってのける。
「あたしもよくは知らないけれど」
「君はじゃあ親戚か知り合いのお嬢さんなのかな?」
「ううん、囲われているの」
少女はさらりと言った。
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