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彼がその集団の下部構成員の一人となったのは、帝立大学の芸術専攻科において音楽を学んでいる時だった。
その時期の青年の多くがそうであるように、彼もまた、帝都の最高学府にて、疾風怒涛の時代を送っていた。少なくとも、彼はそう思っていた。
普通の学生なら、その嵐は自分の裡だけに閉じこめ、それまでに手にしたものを守るべく、その時代を後にするのだろうが、そうしてしまうには彼の裡なる嵐は強く吹き荒れ過ぎていたらしい。
どの時代のどの集団でもありがちな様に、学校はそういった集団の構成員の供給源だった。
血の気の多い学生は、その集団の持つ破壊のエネルギーを好んだ。集団はそれを利用し、学生もそれを口実に裏の顔を持った。
そんな構成員の一人に彼が接触したのは偶然だった。少なくとも偶然だと彼は思っていた。
参入してから一年あまりの短い時間で、彼はその自分の中に隠されていた、自分自身でも未だ知り得ない才能を次々と開花させて行った。それは彼にとっても新鮮な驚きだった。
そんな折に、下部構成員の一人が彼に耳打ちした。自分の名が集団幹部に知られる所となっているらしいと。
彼は戸惑った。自分はあくまで下部構成員の一人のはずだった。それもまだ経験の少ない、失敗の多い未熟な。少なくとも彼はそう思いこんでいた。
もっともそう思いこんでいるのは彼だけだったかのかもしれない。彼の周囲の人間はこう彼を判断できた。
確かに彼は、未熟であったかもしれない。基本的に上部が指令してきた指令を遂行することに関しては。
失敗は確かにあった。だが彼は、その際必ずフォローをしていた。それはほとんど無意識だった。そして結果として、上部が望んでいた以上の効果を上げたことも多いのだ。
彼を知る同じ下部構成員は、まずそう評価をする。何故かねたまれることもなく、そういう評価を上層部に持ち込まれるのだ。
だが知らされることはないので、彼は自分の行動の価値を知らなかった。また知る気もなかった。
彼はあくまで一つの道具のつもりだった。この集団に入ることで、道具になりたかったのだ。噂など聞き流していた。
だが今回の指令である。彼はそれまでと何やら規模の違うその内容を訝しく思った。
「辺境の避暑惑星アルティメットへ赴き、一人の構成員と接触せよ」
本当の指令はそこで接触するはずの構成員が知っている、ということだった。
無論彼はそれに応じた。集団のもくろみがどうであろうと、道具であることを自らに課した彼にとって、上からの指令は絶対だった。
パスポートには彼の、既に慣れ親しんだ偽名が記されている。本当の名は公式に使われなくなり久しい。「G」というその名を知る者はすなわち、彼の闇に面した顔を知るに等しいのだ。
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