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観光地名の書かれた石の看板の横に木の柵があったので、そこに腰掛け垂れはじめたアイスクリームを急いで食べた。観光客は隣の下り階段から崖に降りては、怖い怖いと笑って崖を見るのです。遊覧船を無言で眺める者は見渡す限り二人、いや、三人しかいません。私と晴恵と、水玉柄のシャツに白いスカートで髪の短いあの女性。私たち三人は唯一遊覧船が立てる波を見つめていた。
「ねぇ、お坊」
独りの女性は崖に下りるでも柵に腰掛けるでもなく、ちょっと外れた所の木の影に潜めるように立っている。そこは隣にお便所があるくらいで人通りも少ない。涼しそうで木漏れ日がよく似合う。
「なに?」
また海に視線を戻した。
「崖のギリギリで海を見るのと、こうやって離れた所で見るのと何か違うと思う?」
「違わないと思う。多分どこで見たって海の果てしなさには敵わんやろうし、あの寛大さを前にしたらそりゃ穏やかにもなるもんよ」
「ふうん、お坊が言うならそうなんかもね」
晴恵がお坊と呼ぶのは、私の頭が坊主だからだとかそんな理由ではない。むしろ髪は長い方だと思う。
幼い頃、近所に住んでいた六歳上の女の子が晴恵だった。友達の少なかった私をお外へ連れ出してくれたのが晴恵であり、よく可愛がってくれた。当時母に髪を切ってもらっていた私の頭はお人形のように整った所謂ぱっつん前髪で、それを面白がった晴恵は私をお坊っちゃんと呼びはじめたのだった。その癖が抜けず、恥ずかしげもなくお坊と今も呼んでいる。
「でも、何を想って誰の顔を浮かべるか、それか言葉でもいいけど、そういうのが格好つけずとも頭いっぱいになるかどうかでは、見え方は変わるやろな」
「じゃあやっぱり、ここに居る人らはみんな違う海を見てるんや」
「......そうあってほしいな」
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