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濃い影を纏った晴恵が一段と女っぽい横顔をしていたのは、今にも閉じそうな瞼が眩しそうにしていたせいだろう。
「お待たせ」
「もう夜もそこまで来そうや」
「早く出よう。あの紅色が見えてるうちに」
血よりも赤く染まった空が遠く小さく燃えているのも残り少ない。青黒い夜がもうそこまで今日を追っている。
握られた手をそのままに、駐車場へ向かって歩きはじめた。変わらない二人の歩幅はまだ歩くべき道があることを物語っている。このまま二人だけの箱に戻り、心身温め合うであろうと想像を膨らませていた矢先、昼間目を合わせた仏像と再び目が合いまた立ち尽くした。
周りの店は閉店の準備を始めており、観光客も少なくなって、店員同士の会話や、もうちょっと安くしてよと甘ったるい声色で値切る御婆さん、困った店主の愛想笑い、少ない人間の存在が目立つ。晴恵の声も聞こえる気がする。遠くで、微かに晴恵の、おーいが聞こえ......空耳かもしれない。風も出てきたので、きっとそうです。では、私は何処で何を。
────モドルナ。
呼吸が止まっていたみたいに思い切り息を吸い込んで視界がはっきりしたかと思えば、仏像がずっと私を見ていて、私もどうしたことか仏像の目を見ていましたけれど、不思議と辺りは暗く、すっかり夜に満ちて人々が私を囲って不気味そうにこちらを見ているのです。
「お坊、おいお坊!しっかりしてよ。何で固まってんのよ!なぁ」
晴恵は頬を濡らし、赤い目で鋭くこちらを見ていた。脚の力が抜けて尻餅をつくとあまりの痛さに違和感を覚えた。あれ、ない。
「どうしたん。お尻大丈夫か?」
「財布...」
咄嗟に駆け出すと周りの大人たちは退いて低い声を漏らした。晴恵も何か言っていた気がするけれど、布が耳を覆っているみたいに遠くてわからない。全身の毛穴を把握できそうなくらい体中から嫌な汗が噴き、肌の冷えと胸の熱の寒暖差で吐いてしまいそうなほど気分が悪い。
夕焼けの前で見た女性の姿はなく、お便所の薄ら明かりだけがぼやっとその前を照らしている。近くまで歩いてみると財布は地面に落ちてあった。乱れた息を自らの胸で感じ、見つけたことに安堵したけれど、拾おうとした瞬間呼吸が止まった。微かに視界に入ったそれは、茶色いローファーに白い靴下が押し込んである、つまり脱ぎ捨てられた女性の欠片だった。
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