向こうの国

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「昨日はゴメンね。帰ってお祝いしてあげたかったんだけど、課長が急に辞める事になっちゃって」 「課長さんって、渡の尊敬してる課長さん?」 「うん」  渡が入社した時から良く面倒をみてくれて、仕事を1から教えてくれた上司だ。結婚式では仲人をお願いしたが、持病があるからと断られた。 「大分病状が進んだみたいで入院することになったんだ。もう仕事復帰は無理だから退職を決めたそうだ。それで昨夜は急遽課長の送別会をすることになって」 「そうだったんだ。それは行かないわけにいかないよね」  私も会ったことがある。「渡くんは真面目で頑張り屋です。どうかよろしくおねがいします」と私に深々と頭を下げた。恐縮してしまったが、とても部下思いのいい上司だと思った。 「お見舞いに行かなきゃね」 「うん」  どちらともなく手を繋いだ。頼りないけど暖かな手だった。もう虹は消え始めていた。雨も止んでいたが私たちは傘に隠れ、寄り添いながら歩いた。 「僕、小さい頃は虹を渡ってみたいって夢見てた」 「でも虹はすぐ消えちゃうから、渡ったら帰ってこられなくなっちゃうよ」  虹は結婚に似ているのかもしれない。渡ったら帰る事はできない。 「大丈夫だよ。虹の向こうは幸せの国だから」  渡はギュッと私の手を強く握った。 「1日遅れちゃったけど、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう」  私はもう虹の向こうの国に来ていたのだ。 〈終〉
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