足抜け

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「なにい!足抜けしてえだと!?」 「はい、すいません、ボス。でも、俺どうしても、もうこれ以上無理です」 「ふざけんな!勝手な事ぬかしやがって。てめえ、今おれたちがどんなに大変な状況かわかってんだろうが。よりにもよって、こんな時に足抜けなんて」 「わかってます。本当に申し訳ないです。でも、俺、もう限界なんです」 「限界ったって、お前は今まで100%成功してきたじゃねえか。お前はうちのエースなんだよ。金だって随分、はずんでやったじゃねえか。それとも、まだ足りねえのか。なんなら、そこら辺は相談に乗ってやってもいいんだぜ」 「いえ、金の問題じゃないんです。金については、そりゃあ、本当にもう、随分面倒見て頂きました。感謝してます。でも、これ以上、俺の身が持たねえんで。身っていうか。心の方がもう限界みたいなんです。俺が仕留めた連中の顔が、毎晩毎晩、夢の中に出てくるんですよ。みんな、恨みがましい目つきでじーっと俺の顔を見つめてきやがるんで。もうここのところ全然寝られないんです。俺、やっぱ、ヒットマンなんて向いてないんです」 「なあ、康介よお。考え直してくれねえか。何の身よりも無かったお前がまだ赤ん坊の頃から、俺たちは、なにくれとなく面倒みてやってきたんじゃねえか。俺は、お前のことが何だか無性に気になってなあ。色々気にしてやってきたつもりだぜ」 「ボスにはほんとに、可愛がって頂きました。顔も見たことの無い実の親より、ボスのことが親だと思ってます。感謝してもしきれない思いです。俺も、本当、今苦しい思いなんです。でも、どうしてもこのままだと、俺、どうにかなっちまいそうなんです」 「……わかった。よし。お前がそこまで言うんなら、これ以上止めても無駄なようだな。しょうがねえな」 「有難うございます!」 「但し、条件がある。あともう一回だけ仕事を頼む。それが成功したら、足抜けさせてやる。お前のことだ、最後のお勤めもいつもどおりに出来るだろう。それがうまくいったら、後は好きにしろ」 「わかりました!最後のご奉公、頑張らせていただきます!」 「ターゲットの情報は後で涼太から知らせるようにしておく。奴の連絡を待て」 「わかりました」 「あと、今度の仕事については、報告をこまめに頼む。ターゲットの情報をもらったら、どういう風に段取りを組んで、どういう手順でターゲットに近づいて仕留めるか。ターゲットを見つけたら、いつ、どこで見かけたか、逐一報告しろ。そして、実際に殺す時には、いつ、どこでやるのか、実行の1時間前にも必ず連絡しろ、いいな」 「わかりました」 「おう、涼太か。もう渡したか?」 「はい、ターゲットのデータは、康介に渡しました」 「ご苦労。まあ、あいつのことだ、いつもどおり、着実に仕留めるだろう」 「あの、ボス……」 「なんだ?」 「私がこんなこと言うのも差し出がましいのは重々承知の上なんですが……」 「うん?なんだ、言ってみろ。お前はここの大幹部様だし、長え付き合いじゃねえか。遠慮するな」 「はい。では、あの、今度のターゲットって、ひょっとして康介の実の母親じゃ……」 「ふふ、お前も気が付いてたか。流石だな。そのとおりさ」 「やっぱり。かなり前に、ボスから写真をちらっと見せてもらったことが有りました。康介には絶対内緒だぞと仰って」 「色々伝手をたどって、じっくり時間かけて辿り着いたわけさ。金も結構かかったが、こういうことは、分かるなら調べておいて損は無い。このファイルはいつか何かに使えるだろうと思って、大事に温めてきたのさ。もっとも、あいつ自身は、捨てられた時には赤ん坊だったから当然顔も知らねえし、女の方だって、今あいつに会っても自分の産んだガキの成れの果てだなんてわかりゃしねえさ」 「因みにあの女は、何かしたんですか?」 「いや。特に俺たちに、迷惑かけたわけでもないし、邪魔になる存在でもねえ。何をしたか、と言えば、要は康介を産んだ後、置き去りにして、バックレちまったということだな。ひでえ話さ」 「なるほど、じゃあ、康介に復讐をさせてやるために今回のターゲットに選ばれたということですね?」 「うーん、少し違うな。確かに康介は産みの親を憎んでるとは言ってたが、あいつの個人的な恨みつらみで、仕事をさせるのは間違いだ。あいつの気持ちはあいつ自身で解決するもんだろうが。だから、あいつにもターゲットの正体は伏せてある」 「はあ……すると、何故、今回の標的にあの女を選んだんですか?」 「ドラマだよ」 「は?」 「息子が自分を産んだ母親を、殺す。それもお互いに親子だと気づいていない。なかなか面白いシチュエーションじゃねえか。ああ、結局、この息子は母親を殺してしまうのか?気づいていないまま、淡々と殺しのプランを練って、ターゲットとして居場所を突き止め、追跡し、迫っていく。その過程を見てると、何だかスリリングじゃねえか、なあ?」 「はあ……あ、だから逐一報告しろと」 「そう!それだよ。段々と康介がターゲットに迫っていく。“居場所を特定しました”。“今日はどこそこで買い物に行くとこを見かけて、追跡しました”。“深夜外出するところを襲撃しようと思います”。“今、家の前につきました。これから家の前で張り込んでみます”。とかさ。“悲劇”の成就に向けて、刻一刻と状況が進んでいく。それを逐一報告されてこっちの興奮もどんどん高まっていくわけさ。これって、すげえ面白えと思わねえか。なあ?。俺、決行の瞬間はその場に行って、物陰から見てみたいと思ってんだ。涼太、お前も来るか?ギャハハハハハ」 [了]
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