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暑さでふらふらになりながらマンションに戻ってくると、玄関のドアの真ん前に、何か見慣れないものが置いてあった。
20センチ四方で、厚さ10センチくらいの小さな箱。ごくありふれた薄茶色の段ボールの紙質の箱で、上面には、運送会社の送り状みたいなものが貼ってある。
「置き配ってこと?何か送ってもらう予定は無いけど……」
しゃがみこんで箱を取り上げる。とても軽い。殆ど何も入っていないように思える。軽く振ってみると、中で何かが微かにコトコト音を立てるが、何が入っているのか見当もつかない。送り状にも単に”雑貨”としか書いてない。
そもそも、誰が送ってきたのだろう。送り状をチェックする。受取人欄には、確かに”藤代杏子”と、私の名前が入っている。住所も電話番号も間違いない。全般的に妙に角ばって、力の入った文字だ。
差出人の欄は、”船越綾香”と言う名前が書かれている。まったく心当たりの無い名前だ。住所は東北地方の中堅都市のものが記載されている。これも、全く自分にも、家族や親戚にも、縁の無い土地の名前だ。
とりあえず、玄関扉を開けて、自室に入る。届いた箱はひとまず玄関の三和土に置いた。
「なんだろう……気持ち悪い」
一瞬、差出人の電話番号に問い合わせてみることも考えたが、考え直した。どう見ても胡散臭い代物だ。こういう場合、こっちから縁をつなぐような真似はするべきじゃない。私の名前や住所や連絡先だって、今まで私宛の配送を扱ったことのある人間なら、誰だって知りうるし、そこから情報が漏れだしたとしたら、最早それを知っている人間はこの世に無数に存在する。
やっぱり、受け取り拒否だ。既に配達済みにはなっているが、私の意思を確認する前に置き配されていたわけだから、受け取りを拒否する権利はあるだろう。
とにかく宅配業者に電話しなきゃ。あらためて送り状を見ると、よく見かける”ニコニコ運送”のものだった。電話番号を探してみると、下の方に”配送関係のお問い合わせ、ご要望につきましては、下記のドライバーの携帯までお願いします”という表示があって、090で始まる番号が書いてある。良かった。ドライバーさんに直に連絡できるなら、そっちの方が話が早い。
早速ドライバーに電話してみると、ワンコールで直ぐに相手が出た。
「お電話ありがとうございます。ニコニコ運送配達担当、北島が承ります」
「あ、あの、すいません。先ほど置き配で宅配便を配達して頂いた者ですが、この荷物心当たりが無いので、受け取りを拒否したいんですが」
「……受け取り拒否ですか」
ドライバーの声が少しトーンダウンした。疲れたような感じがする。忙しい中、町中配達に走り回って、届け終わったと思ったら、また私のところまで舞い戻らなければならないんだから、それは嫌だろうな。申し訳ない気持ちにはなるが、でも、こっちも覚えのない、薄気味悪い荷物を受け取るわけにはいかない。
「はい。お手数おかけしまして、申し訳ありませんが、この荷物にどうも心当たりが無くて……変な詐欺みたいなのに引っかかっても困りますので」
「承知しました。では、お荷物を引き取りに伺います。○○町二丁目の藤代様ですね。ご連絡有難うございます。で、いつ頃お伺いすればよろしいでしょうか?」
「あの……例えば今からでも大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。近くにおりますので、すぐに伺います」
「有難うございます!じゃあ、今から5分後ぐらいでも大丈夫ですか?」
「承知しました。5分以内に伺いますので、必ずご在宅されるように、お願い致します」
「わかりました!助かります。宜しくお願いします。」
「じゃ、今から伺いますので、必ずお部屋にいてくださいね。お願いしますね」
「あ、はい。わかりました」
通話を終了した。
たまたま近い所にいてくれたみたいで良かった。やっぱり、ドライバーさんに直接話せるのは、いいわね。
そう言えば、今気づいたけれど、この送り状、ドライバーの携帯番号だけが書かれてる。ふーん、カスタマーセンターみたいな部署の表示が無いんだ。普通、そういう部署の番号も表示しない?……
ピンポーン。
「今日はー。ニコニコ運送でーす」
「あ、どうもすみません」
ドアチャイムの音にふいをつかれた私は、慌ててドアを開けた。
私服姿の若い男が、ニヤニヤしながら目の前に立っていた。
[了]
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