始まりの町 バース 1

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カゲは、闇が深淵と続く洞窟の中に足を踏みいれた。 ちょろちょろと流れる水音を頼りに奥へと歩んでいく。 時折、水に足が浸かったが浅くせいぜい足首あたりまでの深さしかなかった。 永遠とも思える時間が過ぎたかのように感じた。 実際には、わずか100メートルほど奥に入ったところで 天井からわずかに光が差しんでいる場所に出た。 小さな広場くらいの空間が円形に広がっており、 中央のくぼみに水場がある。 泉だ。 水の表面が、地上から差しこむ光で 細かく反射して、きらきらと光っている。 小さくて浅かったが、地底からこんこんと湧き出す水は 清浄で美しかった。 泉の周りには、ほんの少しだが、雑草のようなものも生えている。 カゲは、肩にかついだ少年を静かに降ろした。 熱を帯びた少年の皮膚は、水分を失いかさついており、 唇は血の気を失って青紫に近い。 カゲは、背中のマントを一部分、剣で切り裂くと、 その布を泉の水に浸した。 水の冷たさが皮膚を貫いたが構わず、 布をしぼると少年の身体にこびりついた己の血を 丁寧にふきとっていった。 幸運だ。 毒の血で、皮膚の表面がやけただれたようになっているところは あったが、火傷は浅く毒が体内に取り込まれてはいないようだ。 だが、少年の衰弱が激しい。 背中には拷問を受けたような跡も残っている。 想像していたよりも長い間、収監されていたのかもしれない。 いったい、どういう事情でバースに落ちこんだのか。 カゲは両手で泉の水を汲むと、少年の口元へ何度も運んだ。 積極的に飲むことはできないが、少量ずつ少年の唇を湿らせて 体内へと流れこんでいく。 この顔に見覚えがある。 だが、思い出そうとしても、頭に靄がかかったように消えてしまった。
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