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この世について話してみる会
「時間です。夜々香さん、本日のお題を発表してください」
「うん。第四回『この世について話してみる会』、略して『コノハナ会』のテーマは……これ」
対面させた椅子から、一人の少女、夜々香が立ち上がる。それにもう一人の少女が興味津々の眼差しを向けていた。
普段の放課後では利用されない空き教室が、週に二回だけ二人の居場所として活用される。
二人が開いているのは、悩める少年少女のための放課後トークスペース。と言ってもまだ二週間前にスタートさせたばかりなので、メンバーはこれで全員だ。
夜々香は、黒板に話し合いの軸となるテーマを書く。白チョークが擦れる音と雨が地に叩きつける音が、存在を主張して混ざり合う。
「『トロッコ問題』……ですか?」
「そう。禍の有名な思考実験。工事現場で暴走したトロッコの行く先には、五人の作業員が。このままでは皆死んでしまう。けれど、トロッコが進む予定のないもう一方の道に、一人だけ作業員がいて、自分の目の前にはトロッコの行く末を切り替えるレバーがある。それを使用すれば五人は助かる代わり、もう一方にいる一人が犠牲になる。さて、貴方はどっちを選ぶ、ってやつ」
勿論、法律による賠償や第三者によるバッシングはゼロと仮定した場合ね、と夜々香は付け足した。
毎度毎度哲学的な話ばかりでは飽きてしまうからと、夜々香はこのトロッコ問題をチョイスしてみたのだ。
助かる命の数を優先するならば、五人を救う。けれど、その他の考えが存在するならば、その思考は幾らでも揺れ動く。
「私は……一人の方には申し訳ないですが、五人の方々を助けます。夜々香さんは?」
「あたしは五人犠牲にして一人を救う。レバーには一切触れない」
「それはまた、どうして?」
夜々香は首を捻る。何か、なんてない。二つを天秤に掛けたら、こっちに傾いただけだった。
蜘蛛の糸を手繰るように、自分の考えの行く末を辿る。終点で待機していた夜々香なりの答えは、
「……運命を運命通り実行させるため?」
だった。
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