コノハナ会に勧誘された日

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コノハナ会に勧誘された日

「死ぬために生まれるのか、生まれるために死ぬのか。世界は、生死のどちらを尊重するのかな」  クラスメイトが全員帰った放課後の教室。窓際で花瓶の埃を撫でながらそう呟いた夜々香は、ふと何者かからの視線を感じた。振り返ると、そこには教卓付近でハンカチを手にしている絵麻が居た。夜々香は慌てて笑顔を作る。 「えーっと、天野(あまの)さん! まだ居たんだね」 「絵麻で良いですよ。それより夜々香さん」  絵麻はハンカチをポケットにしまい、夜々香の両手を半ば強引に握り締めた。 「私と一緒に、お話ししませんか!」  突然すぎる出来事に、夜々香は「え?」と素っ頓狂な声を発した。お話し、とは何だ。人生相談か。あの独り言が聞こえていたためにこの謎の提案をしたのだろうか、だとしたら恥ずかしい。  にしても、同級生に対しても常に敬語で、大人しい、かと思えばグループ活動中に突如として饒舌になるようなクラスナンバーワンの変人「天野さん」が、こんなに輝かしい瞳で自分を見つめるなんて。夜々香は己の感情に、確かに困惑もあるのだが、微かに驚愕も混じっている確信があった。 「私、先程までお手洗いに行っていまして。教室に戻ってきたタイミングで、偶然夜々香さんの呟きを聞いてしまいました」  夜々香のロッカーにはまだ学校指定の鞄が取り残されていた。持ち手部分には括り付けられた門松のキーホルダーが揺れていたが、既に六月下旬であった。 「申し訳ないです。でも、私はそれを聞いて、夜々香さんをお誘いしたいんです」 「……何に?」 「この世について話してみる会に!」  そこからは夜々香が質疑する暇もなく、絵麻が早口で捲し立てた。  この世について話してみる会は、私が立ち上げたいと思っている放課後のトークスペースです。  夜々香さんのような世界規模の壮大な疑問や米粒程度の小さな悩みも含め、何かを抱える高校生は少なくないはずです。私、いつか様々な価値観を持った生徒を集めて、ディベートとか雑談とかしたかったんですよ。  ほら、放課後には文化部でさえ使っていない教室がありますよね。そこの一室を利用したいからと、つい最近先生に許可をいただいたんです。どうですか。一緒にお話ししませんか。
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