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雨の日に現れる妖怪。
雨がやみかけると姿を現すが、多くの場合、手や足など体の一部分だけが見える。
翌日も雨だと、見える体の部分が増える。
このため、雨続きだと、やみかけの度にどんどん体があらわになっていく。
その全身を見た者はいないとも、見た者は気がふれるとも言われる。
■
暮れかけた街の歩道を、私は歩いていた。
今日も雨が続いている。
ブラウスの袖やスカートのすそが、肌に貼りついては剝がれるのが気持ち悪かった。
あたりにはひとけがない。
ともる街灯の下、やっと雨足が弱まってきた。
やんでくれるのかな、と思いながら前を見ると、街灯の下に、妙なものが見えた。
歩道の上に、三十センチほどの高さの、ほの白い二本の棒が生えている。
いや、違う。
あれは棒ではない。
人間の足だ。指があり、くるぶしがあり、足首がある。
すねの中ごろまでの二本の足が、地面の上に立っているのだ。足だけが。
膝から上はない。
足だけがこんなふうに置かれているなんて、異様すぎる。
近くでバラバラ殺人でもあったかな、と思いながら歩を進めた。
それにしても、すねまでの足を転がしておくならともかく立たせておくなんて、普通にやっても不可能だろう。
どうやったのか知らないけれど、猟奇的というか、悪趣味というか、非人道的な人間もいたものだ。
私は、足をどこか適当なところに(通行人の邪魔なので)どけておいてやろうと、いよいよつかめそうな位置まで近づいた。
その時、やみかけていた雨が完全にやんだ。
それと同時に、二本の足もすっと消えた。
そういえば聞いたことがある。
雨上がり小僧という妖怪がいて、ちょうど雨がやみかけた時に現れ、完全にやむとふっと消えてしまうという。
ということはあれは妖怪だったのか、と私は胸中でうなずいた。
バラバラ殺人ではなくてよかった。
次の日も雨だった。
前の日と同じような時間に同じ道を通っていた私は、雨がやみかけた時に、またしても雨上がり小僧を見た。
それも、今度は、膝のすぐ下まで、やせた足が見えた。
梅雨時のことで、翌日も雨だった。
同じような時間に私は同じ道を歩き、同じように雨がやみかけていた。
この日に現れた雨上がり小僧は、膝の上まで見えた。
こんなふうにだんだんと全身が現れていくシステムらしい。
頭まで現れたら、いったいどんな顔をしているのか見てやろう。
私は、雨上がり小僧を見るのがひそかな楽しみになっていた。
だが、それは大きな間違いであることを、その翌日に思い知らされた。
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