雨上がり小僧

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 この日の雨上がり小僧は、ついに、腿の上あたりまで姿を現していた。  その時私は、以前から漠然と抱いていた不安が的中したのを認めざるを得なかった。  こいつ、この雨上がり小僧。  ズボンを穿いていない。  腿のこんな上まで来ているのに布地がないのだから、半ズボンさえ穿いていない。  そうなると、私が気になるのはただ一つである。  パンツは穿いているのか……?  もう、上半身はどうでもいい。  顔なんて今となってはたいして興味もない。  どうなんだ。パンツを穿いているのか。穿いていないのか。  穿いているのならいい。  穿いていない場合――とんでもないことになるのではないか。  次の日、雨が降った。  雨上がり小僧は、とうとう、股下ギリギリのところまで姿を現していた。  やっぱり、一糸たりともまとっている様子はない。  妖怪というのは、多かれ少なかれ恐怖を伴うものだ。  今回は雨上がり小僧の予備知識があったので、元来怖がりな私もたいして驚かなかった。  しかし今、私はおびえている。  通常妖怪がもたらすであろう恐怖とは、まったく別種の脅威を感じている。  人間なら通報できる。  卑劣な犯罪者は、なんの容赦もなく豚箱に叩き込むことも可能だ。  でも、相手が妖怪では、どうしたらいいのだろう。  翌日は晴れだった。  私は安堵のため息をつきながら、例の道を通った。  雨が上がるのが怖かった。  そこから転じて、もう雨が降るのが怖かった。  降れば、いつかは必ずやんでしまう。  やまない雨はない、という本来励ましのための言葉が、こんなに恐ろしい意味合いで頭の中に鳴り響いたことはなかった。    翌日は曇りだった。  その次の日は晴れ。  次の日は曇り。  やった。このまま、梅雨が明ければいい。  そう思いながら、私は、日が暮れかけた例の道にさしかかった。    ボタ、と音がした。  まさかと思って空を見上げると、大粒の雨がすさまじい勢いで急激に降り注いできた。 「夕立……!」  しまった。油断した。  単に雨が降るだけならまだいい。上がる前に家に着けばいいのだから。  でも、夕立はいけない。最悪だ。  私は足を速める。  けれど、案の定、夕立は降り始めた時と同じように急激にやみ始める。  私は恐る恐る前を見た。  例の街灯の下に、二本の足が生えている。  そしてとうとう、その上まで……  それを見た時、私は、ハンマーで頭を殴られたような衝撃を覚えた。  私はぐるりと振り替えると、水たまりの水を跳ね上げながら走りだした。  コンビニ。  どこか、最寄りのコンビニへ行かなくては。  顔を伝う雨粒と、涙をぬぐう。  情けなさと悲しみで、涙が止まらなかった。  雨上がり小僧は、両手で、股間を隠していた。  見せたくないのだ。  雨上がり小僧の妖怪としての性質上、雨が上がるたびに、体があらわになってしまうのなら。  雨上がり小僧自身、その生態にあらがえないのなら。  今まで、どんなに、自分の意志に反して、己の身を赤の他人にさらしてきたのだろう。  思い返せば、勝手に名づけられた雨上がり小僧という名前のために少年の妖怪だと決めつけていたけれど、あの細い体つきでは、性別さえ判然としていない。  私は、あの妖怪のことをなにも知らないのだ。  知ろうともしていなかった。  もっと思いやりを持つべきだった。  妖怪だから、当たり前のように起きた怪異だから、自分の身に危害が加えられなさそうだから。だから、配慮を欠いていたのだ。  私が気づくべきだったのに。  私も、自分の性のために傷ついたことがあったのに。  いつからか、あれは大したことではなかったんだと自分に言い聞かせて生きてきた。  でも、ほかの誰かが私と同じ思いをすることには耐えられない。
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