バグりバグらせ我が願い

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暗い洞窟の奥。若い男が古びたがらくたの中からランプを拾い上げた。 手でこすってみると、ランプから煙が吹き上がりみるみると魔人の姿になった。 「よくぞ私を目覚めさせてくれました、ご主人様。」 「おお、伝説は本当だったのか。こんな秘境まで宝を探しにきた甲斐があった。教えてくれ。お前は何でも願いを叶えてくれるというランプの魔人か?」 「はい。どんな願いでも3つ叶えて差し上げましょう。」 「いいぞ!しかしあり過ぎて選びきれないな。やはり金か、絶世の美女か。誰にも負けぬ力も捨てがたい。王となるのも良いな。ううむ、3つ選ぶとしたら何が良いだろうか。」 男が思案していると、魔人がことさら申し訳なさそうな顔で言った。 「残念ですが主人様、残りの願いはあと2回です。」 「なんだと?まだ何も願ってないのに。」 「さきほどご主人様は『教えてくれ。お前は願いを叶えてくれると言うランプの魔人か?』と願いましたね。私はその願いを叶えるべく『はい』と答えました。」 「そんなまさか!なぜそれが願いを叶えたことなるんだ。どうゆうことか教えてくれ。」 「私に向かって何かを『してくれ』と命令することが願いとして成立する条件でございます。」 「ひどい、こじつけだ!いや待てよ。となると今さっき俺は・・・」 魔人はわざとらしいくらい悲しそうな表情を作った。 「ええ。先ほどご主人様は『どうゆうことか教えてくれ』と願いましたね。私はその願いを叶えるべく、願いの成立する条件を教えて差し上げました。叶えることのできる願いは残り1回です。」 「何ということだ。ちょっと待って・・・と、危ない。また揚げ足を取られるところだった。」 「揚げ足などとっておりませんよ。私は条件に従っておるだけです。」 魔人はニヤニヤと笑っている。 男はこれ以上余計なことを言わないように口をつぐみ、何を願うべきか考えた。 「さぁどうされますか?あと1回、何を願いますか?」 男は商売を始めた。旅で培った知識と経験を活かし、貿易商を営んだ。 宝探しをしていただけあって男の目利きは周囲からも評価が高く、やがて国の中では名の知れるほどの組織になっていった。 商売相手の紹介で妻も娶った。絶世の美女ではないにしろ愛嬌があり夫によく尽くす女だった。何人か子にも恵まれて健やかに育ち、大きくなると親の商売を継ぐために勉強するようになった。 すべてが順風満帆だったわけではない。国の情勢が不安定になり商売を縮小せざるを得ない時期があった。信頼した仲間に裏切られ、金と人脈を奪われて競合組織となって争うこともあった。疫病により両親は早世し、妻から向けられた不貞疑惑、子供の反抗期、自身の体調不良。公私ともども悩みが尽きることはなかった。 しかし老人と呼べるほどの年になり、生涯を振り返ってみた時、総じて幸せな人生だと思えた。何者でも無かったころに比べて名誉も手を入れた。数々の試練がありながらも家族はみなそれなりに健在で側にいる。財を成して祖国への貢献もできた。若かりし頃の冒険の思い出もある。あとのことは次の世代の者たちがやってくれるだろう。 常人では寿命となってもおかしくない頃、男は自室の奥の箱にしまってあったランプを取り出した。何十年ぶりかにランプをこすると、モクモクと煙を上げてしかめっ面のランプの魔人が現れた。 「久しぶりだな。」 「いや参りましたよ。これでは願いが叶ってるようなものじゃないですか。不死の願いみたいなものだ。」 「ははは。前にも言ったが不死は願い下げだね。苦痛のまま死ぬこともできないなんてオチもあるかもしれんだろう。」 「しかしですねぇ。あの願いの効果が出てるのか、そもそも願いとして成立しているのか、未だによくわからんのです。」 「だがあの時、君はおまじないのようなことしてくれたじゃないか。」 「ははぁ。わかってて言っておられますな。確かにそのような仕草しましたけど、何か起きた感じはしなかったでしょう。私自身も手応えがなくて、こうして何十年もランプの中でどう考えていいか悩んでるわけですから。」 「で、どうなんだ?」 「まったく今回はしてやられましたよ。言っちゃなんですが意地悪なら魔人のお家芸なんですがね。あんな願いは初めてです・・・・『俺が願いを言うまで見届けてくれ』だなんて!そのあとはランプごと箱にしまい込んでそれきりだ。」 「実際この年になるまで生きることができたぞ。お前にとって、願いを言うまでは俺に死なれちゃ困るってことなんじゃないか。」 「いや論理がおかしいのですよ。叶えられる願いはあと1回でしたのに『願いを言うまで』だとしたら、そのあともう1回叶えることができてしまう。かといって言葉だけ見れば願いの条件は成立してますし。ううん、でもこうして長生きされてるのは見届けた結果とも言える。私も魔人の端くれ、願いを違えてしまえば存在意義を失ってしまいます。だがこの願いは果たして願いと言えるのか。1回の権利は使われたのか。何度考えてもややこしい。」 「じゃあ俺が今、あらためて願いを言ったら叶うのかな。」 「それで叶えてしまったら、あと1回の条件がおかしくなるでしょう。」 「ふふ。それじゃやはり願いを言わないままでも死を迎えるのか。」 「それはそれで見届けることができなかった、魔人として願いを叶えてやれなかったことになる?」 「そうなるなぁ。」 「ああもう!わかりましたよ。降参です降参!今回は特別サービスです。あらためて正式に、あと1回願いを叶えて差し上げましょう。もう変な条件も付けませんからお望みのとおりに言ってください。若返ってやり直しますか?それとも人生に満足されて安らかな死でも願いますか?何でも叶えてみせますよ。」 男は皺だらけの顔で笑いながら言った。 「では言おう。俺の願いが叶ったのは何回なのか教えてくれ。」 魔人はこの世の終わりのごとく渋い顔になった。 (おわり)
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