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2.初恋の人
「あれ?」
通りがかった公園に、ふと視線を向ける。
そこにはトウマくんがいた。一匹オオカミタイプのクールな彼が、南野公園のはじっこで立ち尽くしている。
どうしたんだろう。
トウマくんとは、昔よく一緒に遊んだ。わたしが転ぶと、誰よりも早く手を差し伸べてくれたっけ。
わたしの初恋の人。
だけど、今はクラスメイトのひとり。
成長するにつれて、あんまりおしゃべりしなくなって、ほのかな恋心もいつからか記憶の引き出しに仕舞われてしまったから。
べつにケンカしたとかじゃない。
そういうもんなんだって思ってる。
「ねえ! トウマくん? こんなところでなにしてるの?」
思いきって、わたしは話しかけてみることにした。
「ん? ああ。ジュリか」
トウマくんは、傘を差している方とは別の腕で、小さな箱を抱えていた。
「それなに?」
「あっ。これは……」
トウマくんがうろたえるなんて珍しい。わたしの好奇心は止まらなくなる。
「なにが入ってるの?」
「えっと、わからなくてさ……」
トウマくんの言葉に、わたしはぽかんとする。
「え、わかんないの?」
「……うん」
「宝石箱みたいにも見えるけど」
わたしはまじまじと小箱を見る。
ヨーロピアンなお花と曲線が彫られていて、ちょっぴり高級な感じ。トウマくんはいつも無地のシンプルなものを好んで使っている。今だって、差しているのは柄のない黒い傘。
だからこそ、どうして彼がその箱を持っているのか気になったんだ。
「あー。うーんと、うん、そうだな。……誰にも言うなよ?」
しぶしぶといった様子で、トウマくんが口を開く。
「もちろん!」
「実はこれ……父さんとのゲームなんだ」
「ゲーム? たしかに、ユウタさん、こういうの好きそうだけど」
トウマくんのお父さんは児童書の編集者をしていたはず。お母さんはオルガン教室の先生。昔たくさん遊んでもらったから、わたしは二人のことが大好き。今じゃたまに会うくらいになっちゃったけど。
「この箱、鍵がかかっててさ、開けるためには四桁の暗証番号が必要なんだ。それを探してるってわけ」
「なにそれ! 楽しそう」
「うん。まあ……。いや、楽しいのかな?」
「あれ? 面白くないの?」
「それどころじゃないというか、いろいろ懸かっているというか」
「そのゲームで、トウマくんにとって大切ななにかが決まるってこと?」
「……俺さ、絵の教室に通いたくってさ。それを父さんに言ったら、あとからこの小箱を渡されて、期限までに開けられたら考えるって言われたんだ。……ほら、今って受験に備えて勉強する時期だろ? だから、スムーズには認めてもらえなくってさ」
「そっかあ」
「そういうわけだから、あんまり人には言わないでくれよ」
「え、どうして? バレたらまずいことなんてないと思うけど」
なぜ、隠そうとしているのか、ちっともわからない。
「だって、恥ずかしいだろ。十五歳にもなって、一人でこんな宝探しみたいなマネ。笑われるに決まってる」
トウマくんはふいっと顔を背けてしまう。
「そうかなあ? わたしはワクワクするけど」
「本当か?」
「うん! あ、わたしも協力するよ」
「え? いいのか?」
「どうせ、家に帰ったって塾の宿題に追われるだけだし。そんなのつまんないもん。だから手伝わせて?」
「……そうだな、もうジュリには見つかっちゃったわけだし頼むよ」
「まかせて!」
傘をくるりと回す。ビニールにくっついていた水滴が、躍るように舞い散った。
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