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3.小箱の謎
「……それで、トウマくんはどうして公園にいるの?」
「ああ、父さんからのヒントなんだ」
そう言いながら、トウマくんはポケットから一枚の紙を取り出した。
「ええっと……。『南野公園・桜坂橋・竹ノ小道』って書いてあるね」
「今のところ手がかりはこれだけ。それで、まずは南野公園に来てみたんだ」
「なにか、わかったことは?」
「ぜんぜん。ただ、気になるものはあって……」
トウマくんが指差す先には、赤いコップ。ひっくり返した状態で置いてある。
「どこからどう見ても、コップだよね……。それに、なんだか見覚えがある」
わたしはコップに近づいて、顔を近づけた。
「これさ、昔、俺が使ってたやつに似てるなあって思ってたんだ。でも、今、ジュリのおかげで確信した。絶対、そうだ」
「うん! わたしの記憶もその通りだって言ってるよ」
「それにしても、よく覚えてたな」
「そりゃあ……」
好きだったから。
そんな言葉を、ぐっと喉の奥に押しやる。
「ジュリ?」
「なんでもない。ということは、このコップはユウタさんが置いた可能性が高いってことだよね」
「そういうことだよな。でも、理由がわからない」
「理由か……」
うんうんと唸りつつ、わたしはしゃがみこんでコップを観察する。
ときどき、木の葉の隙間から雨水が落ちてきては、コップの裏に当たって弾けていく。
「あ!」
思わず、声を上げる。
「どうした?」
「これ! ソの音だ。ソ、だよ」
トウマくんの方を向いて、わたしは叫ぶ。大発見だ、と思うほどに嬉しくなって、思わず頬が緩んじゃう。
「……」
せっかく、謎のヒントをシェアしたのに、トウマくんはその場で固まったまま……。
「ちょっと、トウマくん! 聞いてる? なにぼうっとしてるの?」
「あ、悪い。……なんでもない」
トウマくんの頬はどうしてか、ほんのり赤くなっている。
「ソだよ! ソ」
「うん。俺、そういうのよくわかんないから……。天才だな」
突然、トウマくんに褒められて、わたしは気恥ずかしくなった。
「天才は言い過ぎだって。……それに、コップのナゾはよくわかんないままだし」
「ああ。そっちはほんと、ナゾ」
「ここにいても解決しそうになさそうだよね。トウマくん、そろそろ次の場所に行ってみようよ」
わたしたちは、ヒントの場所でもある桜坂橋に向かった。
橋といっても、幅は一メールほど。石で造られていて、あんまり人通りの多くない場所にある。
「うーん。なにかありそうには見えないよね」
「そうだよなあ。……あ! ヒントが橋ってだけで、この周辺になにか隠れてるのかも」
「それ! あり得そう」
わたしたちは橋の近くを歩き回って、あちこちに視線を走らせた。
「なにもないな」
「うん……」
橋の真ん中に立って、わたしは流れる小川の表面をじっと見つめた。なんにもひらめかない。
「ええっと……。ヒントは橋、でも、そこにないとすると……」
トウマくんが少し離れたところでぶつぶつと呟く。
「ないとすると……?」
「あ!」
「なにか、わかったの?」
「うーん。橋から見えるなにかが次のヒントかも。少し前に、お父さんに買ってもらった小説の話だけど……。主人公がいる地点から視界に入るものが手掛かりになってたから。なあ、ジュリ。そこから何が見える?」
「えっとね、川が続いていて、途中でカーブしていて……。あ、遠くに木が見える。あれって、松の木かな?」
「木!」
トウマくんが叫んだ。
それからわたしのすぐ隣に並んで、視線を木の方向へと向ける。
あ……。
もしも今、傘を差していなかったら、もっと近づけたのに……。そんな自分の考えにはっとして、どきりとする。
「あ、あの木がヒントってこと?」
なんでもないようなふりをして、わたしは尋ねる。
「可能性はあると思う!」
「あ。また、コップが置いてあったりして」
冗談っぽく、わたしは言った。
その十分後、トウマくんの声が裏返る。
「あった!」
びっくりした。松の木の下には、本当にコップが一つ置いてあったから。
「また、コップだね。これもトウマくんの家の?」
「ああ。見たことある」
「ということは、ユウタさんが置いたんだ。やっぱりコップが鍵ってことか」
そう言いながら、わたしはうなずく。
そのとき、松の木から大きな雨粒が落ちた。それは瞬く間にコップの底へと到達すると、心地良い音を奏でる。
「あ! 今度は、ラだ」
「さっきのは「ソ」で今度は「ラ」か。なにか、関係ありそうか?」
「うーん。その小箱の暗証番号って、数字形式だよね?」
「うん。四桁の数字」
「じゃあ、違うかなあ。ソもラも階名で数字じゃないからさ」
「そうだよなあ」
二人であれこれと考える。
そのうち、分厚い雲の裏にいた太陽が山へと沈んだせいか、あたりが一気に暗くなった。
「そろそろ帰った方がよさそうかも。続きは明日。ちょうど、塾休みだし」
「放課後、付き合わせてるけど大丈夫か? 塾がなくても勉強しないとダメだろ? ジュリ、いい高校狙ってるって聞いたぞ」
「あ、知ってるの?」
「うん。母さんたちが話してた。今はピアノも休んで、勉強に集中してるって。なのに……本当にいいのか?」
「いいの、たまには息抜きって必要だしね。それに、このナゾが解けないと勉強にも気が入らないし」
「そうか。悪いな、助かる。このゲームの期限さ、明日までなんだ」
「明日?! いつからしてたの?」
「昨日から」
「ということは三日間の期限だったんだ。……まあ、現実的に、いつまでもコップを置きっぱなしにできないか」
わたしが言うと、トウマくんが笑った。
「たしかに、そうだな」
「それに、雨の音が関係してるなら雨が降っているときじゃないとダメだよね。明後日からは少しだけ晴れの日が続くって言ってたよ」
「そうなのか? 天気のことまで良く知ってるな」
トウマくんは「ほう」という表情をして大きくうなずいた。
「ええ?! そんなに感心する? 新しく買ってもらった靴をいつ履こうか、タイミングを見計らっていただけなのに」
なんでもないことのように、わたしは言った。
「そっか。でも、やっぱり凄いよ」
わたしは照れ臭くなって、さっきそうしたように、すっぽりと傘で顔を隠した。そして、傘が透明であることを思い出して、小さく顔をそむけた。
頬がじんと熱い。スニーカーの中に入り込んだ雨水のせいで、つま先は冷たいのに……。
そんなちぐはぐさを感じながら、もう少し二人で歩いていたいなあと、しんみり思った。
わたしたちの家はすぐそこだ。
「じゃあ、また明日」
「うん。わたしも一晩、考えてみる。コップの音と四桁の暗証番号のこと。……さすがはユウタさんの考えたゲーム、一筋縄ではいかなそうだね」
昔よくそうしたように、わたしたちはひらりと手を振ってそれぞれの家路についた。
次の日も、天気予報の通り雨だった。そのことにほっとする。だって晴れたら、謎が解けなくなるから。
放課後、わたしは急いで竹ノ小道の入り口へ向かう。
「ごめん。待ったよね?」
「いや、さっき着いたところ」
「よかった! じっと傘見て、なにしてたの?」
「傘の先から雫が落ちるのを見て、昨日のことを思い出してた。木からもこんな風に雨水が落ちてただろう? それがコップの裏を叩いて、音が出てた」
「うん。やっぱり、今回もコップかなあ?」
「あり得そうだよなあ。竹ノ小道は百メートルくらい続くからな。見逃さないようにしないと」
竹ノ小道は、竹林の中にある散歩道。
人が歩ける砂利道を挟むようにして、ずらりと竹が並んでいる。
「わたしが右側を見て歩くから、トウマくんは左側よろしくね」
「わかった」
小石を踏むザクザクという足音と、竹林に降り注ぐ雨の音。ふたつがリズムよく鳴り響く。
歩き始めてから少し経った頃、トウマくんが小さく叫んだ。
「あっ!」
「あった!」
竹ノ小道の休憩スペースのベンチの横、草にひっそりと覆われるようにコップは置いてあった。
「今度は新しそうなコップ。それに個性的なデザインだね」
「俺も見たことないな」
「でも、きっとこれもヒントだよ」
わたしはコップの近くにしゃがみこみ、目を閉じる。
竹の葉っぱから落ちた雫は、迷うことなくコップの裏側へとまっすぐに落ちていく。
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