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4 ベルズ様
スキラー・クレスミーの人間、しかもその捕獲隊の一人を捕まえることに成功した。
捕獲隊は名の通り、スキラー・クレスミーが貴重な生物を捕獲、または拉致する際に動く部隊であり、組織の精鋭と言われている。内部情報もたっぷりと持っている筈だ。
けれど、だからとも言えるが、キリナとミーティオルは、捕まえた隊員から情報を吐かせるのに苦労していた。
「ですから、面倒なんです」
キリナは呆れたように言いながら、自分より少し年上だろう男の拷問を続ける。
「大した根性だな。これだけやられて、再生もできないってのに」
その様子を眺めながら、ミーティオルは苛ついた声を出す。
縛り上げた男を叩き起こし、様々な苦痛を与え、ここまで得られた情報は、三つほど。
催眠術をかけた人間たちは、陽動だということ。捕獲隊は、そこに更に追い討ちをかけ、油断させる陽動だということ。それほどまでに、上の人間がニナを望んでいたということ。
その程度だ。
「本部の現在地はどこですかね。もしくはニナさんの現在地を。教えていただきたいんですが」
キリナは言いながら、全ての爪を剥ぎ取り、指の骨を一節一節丁寧に折った両手の、その右手にナイフを突き刺した。
額に脂汗を浮かばせている男は顔を歪めるが、それだけだったので、キリナは刺したナイフをそのまま左右に動かしていく。
男は低く呻いた。
「どうですかね。教えて下さいよ。もう少し傷口を広げましょうか?」
キリナは言いながら、ナイフを勢いよく捻る。
男は明確に悲鳴を上げ、
「は、話す! 捕獲対象は本部だ! 妖精の命を消費して転移させた!」
「その本部の場所は?」
キリナがもう一本出したナイフを左手に突き刺して捻りながら聞くと、男は再び悲鳴を上げた。そして、隣国であるアシュリエ王国の名を口にし、その南の、まで苦しげに言ったところで、
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
絶叫して大量に血を吐き、目を剥いたまま動かなくなる。
「死にましたね。スキラー・クレスミーの情報開示の規制に引っかかったんでしょう」
キリナは男の両手からナイフを引き抜き、
「ですが、殺されたということは、情報は確かなものだということです。ミーティオルさん、増援を呼んでアシュリエに向かいますよ」
付いた血糊を拭き取りながら、淡々と話す。
「どんだけかかんだ? アシュリエ王国ってトコまでに。それに、その南方だとしか分かってねぇぞ」
苛つきながら死体を軽く蹴るミーティオルの言葉に、
「僕とあなたの体力を加味して、休み無しで移動に集中すると仮定すれば、二十日もかからないでしょう」
キリナはナイフを仕舞いながら、応じる。
「幸い、アシュリエは小国ですからね。南方もこの国と接している側です。あなたはニナさんの聖獣なんですから、それだけ近くなれば、場所を認識できるようになる筈です」
「なら、今すぐ向かいたいんだが」
「同意したいところですが、この死体と倒れたままの人間の処理をしないといけません。増援を呼ぶための連絡もしないと」
キリナの言葉に、ミーティオルは低く唸り、
「なら、先に行ってる。追いかけてこい」
「ミーティオルさん、落ち着いて下さい。単独行動は危険です。主のもとから逃げ出した奴隷にしか見えませんよ」
「なんでもいい。ニナの安全が最優先だろ」
キリナを睨みつけるミーティオルに、
「だからこその、冷静な対応ですよ。頭に上った血をもとに戻して下さい、ミーティオルさん」
キリナも、平坦な口調で言葉を並べているが、ミーティオルを睨むように眉毛を寄せた。
「協力してやろう、ミーティア」
その声に反応したミーティオルは鼻にシワを寄せたまま振り向き、キリナは即座に拳銃を構える。
「取り引きだ、ミーティア」
二人が顔を向けた先、そこには、アニモストレを含むライカンスロープが七人、影のように立っていた。
「また取り引きだと? それにてめぇら、いつから見てた?」
耳を反らせ、怒りを押し殺した声で言うミーティオルに、アニモストレは涼しい顔で口を開く。
「ニナという子供を助け出したら、対価として里に戻れ、ミーティア。私たちだけなら──」
アニモストレはキリナに鋭い視線を向け、ミーティオルに視線を戻すと、
「そこの神父より早く、目的地に到着できる。それくらい分かるだろう? ミーティア」
「……チッ。その通りだろうが、色々と気に食わねぇな。こういう機会を待ってた訳だ、お前ら」
「そんなことを言っている場合か? ミーティア」
「話に乗りましょう。一部ですが」
今にもアニモストレに飛びかかりそうなミーティオルの肩に手を置いたキリナが、冷たい声を放つ。
「こいつ等の提案に乗るって?」
ミーティオルはキリナを一瞥し、声を更に低くした。
「一部ですよ。人手が多いと助かるのは事実です。どうです? アニモストレさん」
キリナはミーティオルを見ずに、アニモストレたちに向けていた銃の引き金から指を外し、腕を下ろす。そして、冷えた目で彼らをまっすぐに見て、
「悪い交渉にはならないと思うんですよ。ライカンスロープの皆さん」
その、冷たい表情を和らげるように、にっこりと笑った。
◇
『アナタにも新しいお名前をつけなくちゃね』
部屋に入ってきた、サピューンちゃん、と呼ばれたメデューサの子が、私の髪を結い上げた。
私は髪を結われながら、ベルズと名乗ったその子に、そんなことを言われたのだ。
『考えてあるのよ。クエリアっていうお名前なの。アナタはこれからクエリアちゃん。ワタシのことはベルズ様って呼んでね』
楽しそうに言われてから、三日。
ここのことが、少しだけど分かってきた。
ここは、スキラー・クレスミーの結構大きな基地らしいこと。
ベルズは、スキラー・クレスミーの大人にも、ベルズ様と呼ばれていること。
ベルズは彼らを、手足のように扱うこと。
私とメデューサの子の他にも、四人の〝お人形さん〟がいること。ライカンスロープの子、ヴァンパイアの子、ハーピーの子、人魚の子、エルフの子、だ。私を含めて、お人形さんは六名らしい。
ベルズはそのお人形さんたちを、その日の気分で選んで連れ歩いてるらしいこと。夕食は、ベルズとお人形さんたち、みんなで食べること。夕食の時間は、ベルズ次第だ。
そしてベルズは、妖精──ミーティオルとキリナに教えてもらった通り、手のひらサイズでトンボみたいな羽を持ってて姿は人間の子供そっくりな彼らを、二十人くらい飼っている。
妖精たちにも、しっかり首輪が嵌められていた。
それと、個人的にびっくりしたのが。
妖精の一人が私を見て、驚いた顔をして、少し狼狽えながらとっても小さな声で、
『神の子、ここは危険だ。逃げるのだ』
と伝えてきたこと。
私のことを知ってるらしい妖精の存在も気になるけど、ここがスキラー・クレスミーの拠点の一つなら、ぶっ潰すくらいしたい。
そう思いながら、〝ベルズ様〟と一緒に、始まったばかりのオークションを眺める。
「どう? クエリアちゃん。楽しいかしら」
オークション──スキラー・クレスミーが主催する、違法な生物売買のオークションだ。私とベルズはそれを、特等席だという、全体を見渡せる場所で眺めている。
「初めてなのでよく分かりませんが、楽しいと思います。ベルズ様」
私は、お人形らしいと思える、従順な感じで答えた。
今は鎖に繋がれた十頭のペガサスが、一頭一頭落札されているところだ。
毛色や翼の色が全て違っていて、会場は大盛り上がり。
闇の世界、ムカつく。あのペガサスたちを、今すぐにでも助けてあげたい。神に祈れば、すぐに助けられる筈だ。
けど。
「……」
顔をしかめないようにしながら、奥歯をギリギリさせて、神に祈りたい衝動を抑え込む。
今の私には、何もできない。何かしたら、あとで私の代わりに誰かが罰を受けるのだ。
捕まって二日目の夜に部屋から抜け出して、分かった範囲での捕まえられている人たちや動物たちを逃がそうとしていたら、
『何をしているのかしら。クエリアちゃん』
くったりしている妖精を片手で握っているベルズが、いつの間にかそばに立っていて。後ろには、沢山のスキラー・クレスミーの人間が控えていて。
ベルズは不思議そうに、
『あら、檻の鍵が壊れてるわね? みんな、直しておいて。それと、中の子たちに罰を与えておいて』
そう言った。
『ちが、私がやった! 私が鍵を壊したの! 罰なら私が受ける!』
そう言ったのに。
『あら? そうなの。それじゃあ罰として、罰を受けるところを眺めていましょうか』
ベルズはなんでもないように言って、握っていた妖精を握りしめた。
妖精は叫び声を上げてもがいて、泣いて。
『なんでそんなことするの! やめて!』
『罰よ。クエリアちゃんは自分より、他の誰かが傷つけられるほうが心を傷めるみたいだから。効果的な罰を与えて、教え込まなきゃ』
ベルズはまた、妖精を握りしめ、その妖精の悲痛な声に、
『分かった! 分かりました! ごめんなさい! もうしません! 私はベルズ様のお人形です! やめて下さい! お願いします!』
そう言ってしまった。そしたら、ベルズはにっこり笑って。
『分かったなら、最後まで罰を受けましょうね。クエリアちゃん』
そうして私は、檻に入れられてる動物たちや、魔獣とされる人たちや、人間たちが痛めつけられるのを、最後まで眺めている罰を食らった。
悔しい。
助けようとしたのに、逆に痛くて怖い思いをさせてしまった。
情けない。
私の精神年齢、二十歳のはずなのに。
下手に動けないと、分からされてしまった。
けど、諦めない。
なんとかチャンスを見つけて、ここをぶっ潰してみんなで逃げ出す。
それまでは大人しくして、情報収集に努めるんだ。
「クエリアちゃん。あの中だとどれが好み?」
大人から子供まで、二十人くらいのケットシーが連れてこられたところで、ベルズに聞かれた。
「ケットシー、今初めて見ました。なので、よく分かりません」
「そお? ワタシ、十二番とか、可愛いと思うの」
十二番、と札を付けられてるのは、私と同い年くらいに見える、アメリカンショートヘアみたいな毛並みの子。
「そうなんですね」
「ええ。けど、目の色が、ちょっとね。青だったら買ってたかも」
その子の瞳の色は、緑色だ。
「ケットシーは、次回にお預けかしらね」
ベルズは楽しそうに言って、落札されていく彼らを、そのまま楽しそうに見ていた。
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