9 神の子

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9 神の子

「精霊が助けてくれたんだ! 人間の少女に頼まれたって! ニナっていう子だって、精霊が言ってた! ニナ、あの子、たぶんあの子だ! 絶対そうだ! 一緒に捕まってた聖女! こんな凄いこと出来るの、あの子しかいない!」  故郷に戻ったメデューサの少女は、泣きながら周りにそう言った。 「ニナって子が! 一緒に捕まってた聖女なの!」 「ニナが! 聖女なのに!」 「精霊が言ってたの! ニナって名前だって! 聖女だよ! 一緒に捕まってたんだ!」 「聖女が! クエリアって呼ばれてたけど、あの子がニナだ!」  ヴァンパイアの少女も、ハーピーの少女も、エルフの少女も、人魚の少女も。  助かったのだと、助けられたのだと。泣きながら周りに、頭に響いた精霊の言葉を、ニナについてを。話していった。  他の、精霊たちの言葉通りに、帰るべき場所や目的地、あの地獄から遠くへと願い、送ってもらった者たち──ヒトも、妖精も、動物も。  精霊が頭に響かせた声を。その言葉を。人間の、ニナという少女の話を。  彼女が精霊に頼んで救い出してくれたのだと、家族や、友人や、愛する者たちに、そしてその周りに。生きて解放された喜びと共に、涙ながらに伝えた。  ◇  大勢の神父たちが、連携して、まだ寝てるスキラー・クレスミーの人間を拘束していく。証拠になるらしいモノを押収していく。 「それは別に良いんだけども」 「良いんだけども? 何か気になるのか? ニナ」  気になるのかって? 気になっとるよ? サロッピス。 「どうして残るって言ってくれたの? サロッピスは帰らなくていいの?」  今、私は寝起きしていた部屋に、ミーティオルとサロッピスと一緒に居る。  キリナは他の神父たちと情報共有したり、スキラー・クレスミーの処理をしたりしてる。  精霊さんたちには「もう大丈夫だと思います。ありがとうございました」って、言って、帰ってもらった。 「また喚んでおくれ。神の子、ニナよ」  そんなことを言ってくれたりしたけど。 「それはそうだ! 我は一度ならず二度までも! ニナと縁があった! これはもう、ニナのそばに付けと、神が言っているも同義なのだよ!」 「本人がこう言ってるんだから、良いんじゃないか?」  私を膝の上で横向きに抱えてるミーティオルが、そう言いながら、 「ニナ。寝れるなら寝たほうが良い」  背中をまた、トン、トン、て、してくれるぅ……。優しく叩いてくれるぅ……。久しぶりだよぉ……。 「でも……ミーティオル……」  くそう……眠くなってく……。コレ、完全に眠気のスイッチになってる……。 「ここは本部だからな。本当にスキラー・クレスミーを壊滅させるだけのモノが出てくる可能性があるし、そもそも、建物もデカい。あの人数でも、終わるまで数日はかかるだろうし。だからニナ、寝て大丈夫だよ」  そんな優しく言わんで……。 「……ミーティオル……ホントに……寝ちゃうよ……?」 「ああ、大丈夫だ。しっかり抱えてるから」  そういう意味でなく……。 「もう、地面に寝かせたくないな。なんか、怖い」  そういうこと言うの、ズルい……。 「ミーティオル……寝ちゃう……から……」 「うん。寝て大丈夫だって」 「違くて……ベルズに……気を付けて……」 「ああ、気を付けてる。ニナとサロッピスから容姿は聞いたしな。だから寝よう。ニナ。今は絶対安全だから」  ……もう…………まじで…………寝ちゃ…………。  ◇ 「寝たようだな」  サロッピスが、瞼を閉じて寝息を立て始めたニナの顔を覗き込みながら言う。 「みたいだな。寝れて良かった。ずいぶん怖い思いもしただろうに」  ミーティオルは少しだけ、ホッとした声でそれに応じた。 「……ベルズが死んだことは、聞かせないほうがいいのか?」  神妙な顔をしたサロッピスの問いかけに、 「少なくとも、今はな」  ミーティオルは膝の上でニナを仰向けに抱え直し、答える。  サロッピスは、ニナたちとこの部屋に向かっている時、 『ミーティオル、キリナ。ベルズっていう奴がね、ここで一番偉いっぽい奴なの。私より少し年上な子に見えるのに』  そう言って、ニナがベルズのことを話し始めたので、ならば自分もと、話しだした。 『そして、ニナの願いに応えた精霊が、ベルズを無効化させたのだ』 『どう無効化したんです? 周りの人間と同じく、気絶させたんですか?』  キリナの問いかけに、 『いや? ベルズを元の状態に戻したのだ。あいつは我らの力を使って体をイジっていたのだよ』 『え? そうなの?』 『気付いていなかったのか、ニナ。ベルズは──』  サロッピスはそこで、ミーティオルに話をやめるよう言われた。 『長くなりそうだからな。明日詳しく聞こう。ニナ、ここが使ってた部屋か?』  キリナも、肩を竦めるに留めて、それ以上は聞いてこず。  ニナは、ベルズの現在の状態──砂のように崩れて死んでしまったことを、知らないまま、眠った。 「ニナのことだしな。この状況でその話を聞いたら、自分が殺したと思いかねない」  ミーティオルは、ため息を吐くように言う。 「そうだな。ニナは慈悲深い。血気盛んで慈悲深い神の子だ」  サロッピスも、頷いてそれに同意する。 「なあ、サロッピス。ベルズが死んだのは、妖精の力を失ったからって見当がつくんだが。なんでそう、ニナを神の子って言うんだ? 神の血を引いてるだけだろ? 教皇の家系だから」  不思議そうにするミーティオルに、サロッピスは呆れた顔をして、 「なんだ。ニナの遣いの者らしいというのに、分かっていなかったのか? ニナは神の血筋を引いている子ではない。文字通りに神の子だ。神が血を分けた子なのだよ」 「……どういう意味だ? 素直に受け取ると、両親のどっちかが神だって聞こえるんだが」 「その通りだが? ニナの片親は神だ。人間の神だ」  ふわりと浮かびながらの、当然だろう、と言いたげなサロッピスのそれに、 「……マジか」  ミーティオルは驚きを通り越し、呆気に取られる。 「マジなのだよ。ただ、神は神だからな。この世への過干渉を好まない。だから、ニナはこのような危機にも晒されてしまう。我がニナと再会したのは、偶然とは思わないのだよ。神がなんとかしようとした結果なのではと思うのだ」 「まあ……それで、精霊を呼べたしな……」 「初心者が一発で成功させるなど、神の子でなければ無理なのだよ。ニナだから喚べたのだ。神の子であるニナだから、精霊たちも協力的だったのだ」 「なるほどな……キリナが戻ってきたら報告だな……」  ◇  破損している、重要らしい物的証拠を復元できないかと考えていたキリナに、一人の人物が声をかけてきた。 「キリナ、今回はお疲れ様だな」  彼へ顔を向けたキリナは、肩を竦めると、 「ですが、ワーウルフは取り逃がしてしまいました」 「聖女のご意志だからな。しょうがない」  彼は、軽く笑いながら言う。  キリナは、その反応にため息を吐いて、 「兄さんみたいな考え方は、僕には難しいですね」 「お前は真面目だからな。一度設定した目的は、達成するまでやり続けようとするところがある」  キリナに兄と呼ばれた、キリナより少し年上だろう彼は、キリナと同じ銀の髪と、キリナと同じ明るい茶色の虹彩を持っていた。 「けど、キリナ。もう俺たちが来たからな。お前だけが責任を負う必要は無くなった」  キリナはその言葉に、僅かに目を細め、 「ニナさんの護衛任務を交代する、という話ですか?」  静かな口調で問いかける。 「流石、分かってるな。我が弟は」  また、朗らかに笑う兄に、 「交代するなら、きちんと引き継ぎをしないといけませんからね。こっちが一段落したら、ニナさんとミーティオルさん、それから、サロッピスさんにも話をしなければ」  キリナは努めて冷静に、その顔を見つめ返した。
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