8 神に愛された子

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8 神に愛された子

「では、僕らになにか隠しているらしいそれを、話してくださいますか?」  リビングに通されたミーティオルとキリナは、ソファに座って。その対面のソファに父と母が、横に持ってきた椅子におばあちゃんが座った。私はミーティオルの膝の上だ。 「……ニナ。これからニナが驚く話をする。先に謝っておくよ。すまない」  父が真剣な顔で言ってくるので、「分かった」と、私も神妙に頷いた。 「……ニナは、拾い子なんです」  いきなりの爆弾。  私は、父母と血が繋がっていなかったらしい。私のこの、オレンジの髪と水色の瞳はおじいちゃん譲りというのは、方便だったのか。 「朝、仕事場に向かうと、その奥の森から赤子の泣き声が聞こえました。もしやと思ってそちらへ行けば、布に包まれた赤子が入れられているかごが、ぽつんとそこに置いてあったのです。私は家にその子を連れ帰り、妻と母と、どうすべきか相談しました。そして、相談している時に、かごの底に平たくなっている袋があることに気づきました。その袋には一枚の手紙と、あるものが入っていました。手紙の内容は、こうです」 『この子を拾ってくださった方へ。この子は神に愛された子なのです。私たちでは、面目次第もありませんが、この子を立派に育ててあげることができない。どうか、あなたがこの子の親となって、育ててあげてください。そして、この子を、神の目に触れさせないでください。神に愛されすぎているこの子は、見つかると、神の元へ行ってしまうのです』 「そして、手紙とともに入っていたのが……ニナ……そのカバンの底に縫い付けてある袋から、それを出しなさい」 「……はい」  言われた通りに、掛けたままの鞄の底を漁ると、縫い付けられた袋があった。大きめなその袋に手を突っ込むと、紙と、金属の板のようなものが、中にあると分かる。 「……」  それを引っ張り出すと。 「……これ、キリナが見せてくれたのと似てる」  手のひらサイズで銀色の、八角形の板。その両方の面には、中心から縁まで、細かく模様が刻まれてる。 「……見せていただいていいですか」  キリナが真剣な顔を向けてくる。拒むものでもないし、と、私は「はい」とそれを手渡した。 「……」  キリナは、模様をじっくりと見ている。私は、一緒に入ってた紙を見た。それは予想通り、父が話した手紙だった。  質の良い紙とインク。綺麗な字。  金がかかってる。そう思った。 「聖紋で間違いない……ニナさん」  キリナが、板から私に顔を向ける。 「あの、聖紋の防御壁、今ここで出せますか?」 「ここで」 「はい」 「同じ模様か確かめようってこと?」 「……ええ、そうです」  上手く出せるかな。えい。 「あ、出た」  今度は人の顔くらいの大きさで出てきた。 「確かめさせてください」 「はい」  板を掴んで手渡そうとしたら、キリナがびっくりした顔をしている。 「? なに?」 「……いえ……規格外ですね……」  キリナはそう言うと、板を受け取り、模様を見比べる。 「やはり、同じ……ニナさん。あなたは神の血を引く者です」 「神の血を引く?」 「これは教皇の家系の紋です。教皇は神の血を引いています。ですから、神の血を引く、と言いました」 「えええ……私、あの戦争を起こした人の血縁なの?」 「今ここでならそういうふうに言ってもいいですが、外でそういう反応はしないほうが良いかと。過激派に睨まれますよ。紋章の板、ありがとうございました」 「……」  戻ってきた銀色のそれを、眺める。……私はなんで、森に置き去りされたんだろう。 「では、僕は、ニナさんを大神殿に連れて行くという使命ができてしまったので──」 「やはり連れて行ってしまうのですか!」 「ニナ!」  父は声を張り上げ、母はソファから駆け寄ってきて、私を抱きしめた。 「この方をここまで育ててくださったことに免じて、すぐに届け出なかったことは不問とします。それと、楽に暮らしていける程度のお金を融通しましょう」 「そんなものいらない! ニナとの暮らしがあればいい! 誰から産まれていようとも、今は私たちの子だ!」  すると、キリナは目を眇め、 「カーラナンに逆らうことになりますよ。異端者として生きていくことになる」 「っ……」  父は顔を歪めて黙り、膝の上の拳を握りしめた。 「ちょっと、キリナ」 「なんでしょう」 「私が素直について行かないと、お父さんもお母さんもおばあちゃんも大変な目に遭うってこと?」 「そういうことです」  頷くキリナを見て。 「これが最後のお別れにならない?」 「ニナ!」「ニナ! そんなこと言わないで!」 「手紙のやり取りだったり、年に何回になるか分かりませんが、顔合わせも出来るでしょう。養父母という立場になりますから」 「分かった。キリナについて行く。当然だけど、ミーティオルも一緒だからね?」 「逆に一緒でないと困るので、そこは安心してください」 「……ミーティオル」 「なんだ?」  ミーティオルを見上げれば、私の頭を撫でながら顔を合わせてくれた。 「ミーティオルは、それでも良い?」 「なにがだ」 「私と一緒に、カーラナンに行くこと。ミーティオルにとっては、嫌な場所でしょ?」  ここで、そうだと言われれば、私はミーティオルと逃げようと思っていた。けど、ミーティオルは当たり前のことのように、 「俺は、お前と行くよ、ニナ」 「……いいの? 大丈夫なの?」 「ニナは命の恩人で、呪いも解いてくれて、俺はニナに足を向けて寝られない以上の恩がある。それに、俺もニナが好きだからな。一緒に行く」  安心させてくれる笑顔で、そう言われて。 「……ありがとう。ミーティオル」  ◇  みんなで出発の準備をして、ミーティオルには、ライカンスロープだからって驚かれないように、キリナから貰ったカーラナンの紋章のペンダントを首から下げてもらった。敬虔な信徒にあげるために、いつも複数持ち歩いてるらしい。  私も、あの紋章の板を胸に縫い留めるわけにもいかず、ペンダントを貰った。  そして、旅立ちの日。 「体に気をつけるんだよ……!」 「ミーティオルさんかキリナさんから離れないようにね……!」 「無事に生きていくんだよぉ……!」  泣きながら抱きしめてくる家族に、「うん! 大丈夫!」と明るい声を返して。 「行ってきます!」 「……守りますから」 「ええ。命に代えても」  キリナの命はちょっといらないなぁ。  そして私は、生まれて初めて山を下りる。 「街で私に何かないように、山から下りるなって言ってくれてたんだね」 「でしょうね」 「ここから大神殿まで、少なくとも、三ヶ月かかるんだよね?」 「順調に行けば、ですがね。大神殿には手紙を出しました。内容を信じてくれれば、迎えが来るはずです」 「迎えね。ちゃんとミーティオルは聖獣認定されるんだよね? されないなら私、ミーティオルとどっか行っちゃうからね」 「ニナ」 「だって」 「概ね大丈夫でしょう。ほら、先を急ぎますよ」  そして私とミーティオルとキリナの、三人旅が始まった。  ◇第二章へ◇
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