第二章 奴隷文化と身の危険 1 『ワーウルフ』を恐れる人々

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第二章 奴隷文化と身の危険 1 『ワーウルフ』を恐れる人々

 山を下りて早々、問題が発生しました。 「わ、ワーウルフ?!」 「逃げろ! 食われるぞ! 女子供を隠せ!」 「ああ! そこの神父様! お助けください!」  ミーティオルは黙ったままで、私はミーティオルの手を握って、ミーティオルを光らせる。  キリナが、ミーティオルは聖獣だと周りに言っても、誰も信じてくれなくて。 「貴方がたの力を、あの『聖獣』にぶつけてください」  騒ぎを聞きつけてやってきた、街の警護兵たちと神父たちに、身分証だという金属プレートを見せたあと、キリナが言う。 「っ……」  一人の警護兵の、神の加護が付与されてるっていう剣は、ミーティオルに届かず。 「……本当に、弾かれた……」  そしてまた一人の神父の、神の加護付与拳銃の銃弾も、弾かれた。 「はい。信じてもらえましたか? 彼には敵意もなく、聖獣で、そこの聖女候補のお嬢さんとともに、大神殿に連れて行かなければならないんです。貴方がたの反応はもっともですが、だからこそ、僕らは先を急がないといけない。……まあ、日が暮れそうなので、教会に泊まるか、宿を紹介して貰えると、有り難いんですがね」  警護兵たちと神父たちは、渋々と言った様子で、私たちを宿に連れて行った。  ◇ 「絶対これ、三ヶ月以上かかる。山から下りてもう……何回目? アレ。初日が四回なのは覚えてるけど」  宿のベッドに座って、ぶーたれて言う。 「二十六ですね。ですから、言ったんです。奴隷の首輪でも嵌めるべきだと」 「それは嫌」  キリナの疲れた声に、即答する。 「なんでそこまで嫌がるんですかね。奴隷も見せかけですよ。説明しましたよね? 人にも魔獣にも、奴隷は居ると。犯罪奴隷でなく、側仕えの奴隷の首輪なら、ある程度の自由も効くと」 「聞いた。覚えてる。でも嫌。……見せかけでも、イヤ」  私は言って、隣に座ってるミーティオルに抱きつく。  奴隷。  この世界にもあるんだっていうより、それを当たり前に受け入れてることに、驚く。  地球でも、映画とかでしか見たことないけど、奴隷が当たり前の時代は、こんなんだったのかな……。 「ニナ」  ミーティオルが、頭に手を乗せてくれる。 「ニナの気持ちは嬉しい。けど、このままじゃ、さっきニナが言った通りに、目的地まで時間がかかっちまう。当初の予定じゃ、もう次の街に着いてる筈だろ。……俺は、首輪、大丈夫だから」  ミーティオルまで言う……。  そりゃさ、七日も、最初の街で足止め食うとは思わなかったけど。でも、首輪……ミーティオルが奴隷……。 「ニナさん。このままだと、次の街に入れるかも怪しいですよ」 「なんで」 「ワー……ライカンスロープがこの街にいると、情報が回るでしょうからね。その情報の中に、ライカンスロープが聖獣であるとあったとしても、それをどれだけ信じるか。この一週間、毎回毎回、証明をしているんですから、信じないで厳戒態勢を取られて、街に入ることを拒否される可能性は大いにあります」  そんなにか。 「それに、街と街までの道中には、警護の人間や傭兵が居たとしても、教会が建っている場所は稀でしょう。問答無用で襲われる──まあ、あちらからすると、危険を排除、でしょうが。そうなる可能性もありますよ」  そんなになのか。  奴隷っていうだけで、そんなに周りの態度が変わるのか。  ……気分、悪い。ムカムカしてくる。 「このまま、迎えを待ってるのは?」  それなら時間がかかっても、少しは、ミーティオルの負担が減るんじゃないかって、思うんだけど。 「どうでしょうね……」  隣のベッドに座ってるらしいキリナが、ため息を吐いた。 「手紙は、ダンデン……この国の大神殿と、教皇のいらっしゃるセラム・カーリナの正大神殿に、最速の便で送りましたが……そもそも、信じてもらえるかも分かりませんし、信じて、迎えを寄越してもらえるとしても、その場合、あなたは教皇の親類と認められている筈ですから、あちらも相応の準備をしてから迎えに来る筈です。素早い対応をしてくれるかも知れませんが、一、二年、待つ可能性も、出てきますよ」 「ならもう家に帰りたい……」 「だからそれは使命に……ハァ……まあ、今日は休みましょう。下から、夕食を買ってきます。ニナさんはともかく、ミーティオルさんが出てくるとまたややこしくなりますから、そのままでいて下さいね」  キリナがそう言ったあと、立ち上がるような音がして、足音がして、扉が開いて閉まる音がした。 「ニナ」  ミーティオルの、優しい声が降ってきて、私の頭を撫でてくれる。 「ニナは、奴隷、見たことないんだよな」 「……ない」  この世界のは。 「ミーティオルは、あるんだよね……」 「まあな。ライカンスロープは基本、隠れ住んでるけど。俺は追放されたからな。食いもんを求めて彷徨ってる時、見たよ。犯罪奴隷はアレだが、側仕えの奴隷は、……まあ、主人にもよるが、大抵は良い扱いを受けてた」  大抵……。 「それに、俺はニナの聖獣だしな。奴隷に扮しても、主人はニナだ。ニナは俺に、酷いことするか?」 「しない!」 「なら、大神殿に着くまで、ニナの側仕えにさせてくれないか?」 「……しなきゃ駄目……?」  上を見れば、ミーティオルが困ったように微笑んでて。 「駄目っていうかな、ニナ、お前、奴隷も嫌がってるけど、この状況も嫌だって、思ってるだろ。俺を見た人間が逃げていって、兵や神父たちに囲まれて。ニナのおかげで光ってても、証明のために何回か攻撃される。首輪があるだけで、お前がそれを目にする機会はぐんと減る」  ミーティオルは、私のために、言ってくれてる。……分かるよ、分かるけど……。 「……考えさせて……」  顔を下に向けて、ミーティオルに回してる腕に、八歳児が出せる全力で、力を込めた。  ◇  入りますよ、と部屋に戻ってきたキリナは、ベッドにニナを寝かせているミーティオルを見て、 「また、気力を使い果たして寝ましたか。まあ、八歳ですし、その気持ちも分からないでもないですが」  と、言った。 「人権だのなんだの、それらしい教育を受けていないのに、ニナさんはどこでその知識を手に入れたんでしょうね。赤子の頃の記憶でしょうかね」  宿には着いた時に話を通していたため、宿の食堂から、それなりにスムーズに──相場以上のチップを払うことになったが──三人分の夕食を手に入れたキリナは、サイドテーブルにそれらを置く。 「そこも気になるが……お前も、苦労してるよな、キリナ」  苦笑しながらのミーティオルの言葉に、 「苦労は得難い経験ですよ。それに、こんな前代未聞の事態、相手が僕じゃなきゃ、貴方がた、最初の時点で増援を呼ばれて、今頃どうなっていたか」 「真面目だな。ワーウルフを専門にしてんのに、そのワーウルフを守らないといけない立場になっちまって。けど、仕事だからって、それを放り投げずに、ここまでしてる」 「そっちこそどうなんですかね。あなたの仲間を大量に始末してきた実績がありますよ、僕には」  キロリと睨むキリナに、ミーティオルは静かに言う。 「俺らも似たようなもんだ。里に感づいた人間は、即座に始末してきた。お前の手が汚れてんなら、俺の手も汚れてんだよ」 「……年下が、分かったふうに」 「四つ違いだろ。それほど離れてないと思うがな」 「……見解の相違ですね」  キリナはベッドに座り、 「それで、どうするんです? ニナさんを起こしますか? 寝かせておきますか?」 「もう少し、このまま休ませたい。先に食べててくれ」  ニナを寝かせたベッドの端に腰を下ろしたミーティオルの言葉に、 「なら、飲み物だけ、いただいてます」  キリナは果実水が入った、木製のコップを取る。 「……なんだかんだ、良い奴だよな、お前」 「はい?」  ミーティオルの言葉に、不愉快そうに眉をひそめたキリナへ、 「いや、飲み物だけってのがな。この前、先にお前だけ食べた時、起きたニナが残念そうしてたの、気にしてんのかなって」 「……」  キリナは果実水を一口飲むと、 「ニナさんは聖女候補ですからね。気を遣うに値する存在です」
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