2.水色の目の子ども

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2.水色の目の子ども

 少し離れた場所に停めていた自転車の鍵を外し、(かばん)を前かごに乗せた。雨はまだ降りださない。このまま家までもってほしい。  自転車をこぎだし、スピードを上げて10分ほど走った。  突然、目の前の道を小さな白いものが横切った。あわてて急ブレーキをかけてハンドルを横にひねる。猫か。  自転車のペダルに片足をかけたまま視線を移すと、小学校低学年くらいの顔立ちの子どもが立っていた。  短い黒髪で、水色の目。白いレインコートを着ている。最初は長靴かと思ったが、よく見ると白いブーツをはいていた。  頭にかぶっていたレインコートのフードを外し、こちらに向けて丁寧にお辞儀をした。 「こんにちは」  それは別にいい。子どもの背丈は猫くらいしかなかった。  人間じゃないものに出会った驚きよりも、「厄介ごとに巻きこまれたくない」という思いの方が勝った。  僕は急いでいる。無視することにした。 「助けてほしいんです」 「いやだ」  切実そうな声に短く答え、自転車をこぎだそうとすると前輪の真正面に回りこまれた。意外にすばやい。 「お願いです。ぼくの話をきいてください」 「無理だ。忙しい。卒論を書かなくちゃいけないんだ。しめきりがあるんだ」  両手を広げて立ちふさがっている。この子どもは自転車でひいても大丈夫なのか迷う。僕も切実だった。 「そつろんってなんですか?」 「学校を卒業するための論文だ」 「ろんぶんってなんですか?」  そこからか。疲れてきた。ため息を吐く。話を聞くだけ聞いて隙を見て逃げる方がいいかもしれない。  自転車からおりて子どもの前に立つ。 「文章を書いて、読む人がわかりやすいようにまとめるのが論文」 「手紙のことですね」  理解した、という顔をされたが触れないことにする。 「用件は何?」  僕が逃げないと判断して両手を下ろし、足元に寄ってきた。勢いこんで話し始める。 「ぼくと同じような子を探しています。金色の髪です。目は銀色です。とってもきれいなんです。ぼく、ひとめで大好きになりました」  これは恋の話だろうか。めんどくさい。 「だいじなともだちなんです。いっしょにおりようね、って約束したのに、昨日からいなくて。きっと迷子になったんです」  恋じゃなかった。悲しそうな顔になっている。迷子になっただいじな友だち。心が少し動いた。僕にも、だいじに思う友人のような人がいたのだ。 「あの子、彗星(すいせい)のかけらなんです。まだ落ちてきたばっかりでまわりのことよく知らないのに。どこに行っちゃったんだろう……」  
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