3.迷子を探す

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3.迷子を探す

 意味がよくわからないけれど、人間じゃないものの言うことだ。聞き流す。 「その子が行きたそうなとことか、心当たりないの? あとは、その子が迷ったとき、目印にしそうな場所とか」  目的地があれば探しやすい気がする。それか、人間じゃないものの迷子センターみたいな場所はないのだろうか。  子どもは考えるように視線を落とした。沈黙が過ぎる。  それから視線を上げると、真面目な顔で言った。 「ぼく、白い梅の花が好きなんです」 「は?」 「『万葉集』って知ってますか? 日本最古の歌集です。そこに出てくるんです。白い梅の花。紅梅(こうばい)はまだ日本にないんです。白い梅の花をきれいだって思って心がひかれたから、いろんな人たちが歌にしたんです。  千年より昔の人たちも、ぼくと同じに白い梅の花が好きだったんです。ぼく、それを知ったとき、すごくわくわくしました」  話していくうちに、子どもの目が輝いていった。声も弾んでいる。  僕は理解が追いつかない。迷子の友だちはどうした。 「だからぼく、あの子と一緒におりるなら、きっと白い梅の花のところにしようって決めてました。それをあの子に、何度も話したんです。でもあの子は白い梅の花を見たことがなかったから。見に行きたいって思ったのかもしれません」  ようやく話の着地点が見えてホッとした。要は、白梅の咲くところにいるかもしれない、ということだ。  そこで僕は二重の意味でため息をついた。  一つは、「万葉集」は僕の卒論のテーマだ。できればいろいろ話してみたかった。でもそんな時間はない。残念だ。  もう一つは、白梅が咲く場所なんてあちこちにある。この町は「白梅町(しらうめちょう)」だ。本当に、咲く場所は多い。民家の軒先(のきさき)、公園、学校、図書館、町役場、ほかにもさまざま。どこに絞ればいいのか。 「……まあいいや。ここ、乗って」  近いところから当たるしかない。そしてどう見ても、子どもの歩幅は小さすぎる。  自転車のスタンドを立てて固定し、前かごに入れていた鞄を取り出して肩にかける。  それから子どもを両手で抱え上げると、前かごにおろした。猫くらいに軽かった。子どもは不思議そうな顔をしていた。 「きみと歩いていたら遅いから。そこでしばらくがまんして」 「はい」  子どもは大人しく頷いた。前かごの中で座りながら、かごの(ふち)に両手をかけて落ちないように気をつけていた。  
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