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4.ここにはいない
スタンドを上げて自転車にまたがり、ペダルをこぎ出す。あまりスピードを出しすぎると迷子の子を見失うかもしれない。あたりを見渡せる余裕があるくらいの速度で自転車を走らせた。
「白梅の中でも、『どこの花が見たい』っていうのはないの?」
できればもう少し探す範囲を狭めたかった。
「白い梅の花の名前のついた町があるんです。ぼくとその子は、そこにおりるつもりでした」
なんだか聞き覚えがある町だと思った。
「……だからここが、その『白梅町』なんだよ」
ため息が出る。
「思っていたよりも小さな町ですね」
子どもが分別くさそうな顔で言う。確かに小さい町だが、猫サイズの子どもをあてもなく探すには広い。
この距離感覚というか、物事の尺度のずれはなんだ。自分の背丈がとても小さいことと、町の大きさの捉え方が、なんだか噛み合っていない。
この子どもの言うことが頼りになりそうもないことはわかった。
とりあえず、一番手近な「うめ公園」と看板が出ている公園の前で自転車を停めた。それほど大きい公園ではないけれど、白梅だけでなく紅梅や他の種類の梅の木も植えられている。
自転車は園内には入れられない。前かごから子どもをおろそうとしたら、看板をじっと眺めていた子どもが口を開いた。
「ここにはいません」
「なんで」
まだ中を探してもいないのに。
「あの子、ひらがなは読めません。漢字しか読めないんです」
普通、逆じゃないのか。急ごうと勢いこんでいた体の力が抜ける。
少しの間、頭を整理した。
「……その子、名前あるの? 漢字の名前」
「『彗』ちゃんです。『彗星』からとって、ぼくが名前をつけたんです」
子どもは誇らしそうな表情になった。
幾分、予想はしていた。本当はこの町の地図を広げる方が早いだろうけれど、まずは頭に浮かんだ場所へ向かうことにして、自転車にまたがった。
「別のところに行く」
僕の心当たりはひとつだけだ。そこがだめなら、迷子探しを丁重に断るつもりで自転車をこいだ。もと来た道を、スピードを上げて。
早くしないと、閉館時間になる。
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