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1.白梅慧雪文庫
年が明けたばかりの一月の初め、今にも雪に変わりそうな寒さの中で、雨が降ったりやんだりを繰り返す日々が続いていた。
僕は焦っていた。あと五日以内に卒業論文をパソコンで書き上げて大学の事務室に提出しなければならない。
もしも提出が遅れたら、担当教官に泣きついてもどうにもならないことは前々から何度も聴かされていた。
それなのに、まだ論文の結論部分が書き上がっていない。その上、参考文献リストに載せる項目が一つ抜け落ちていることに気づいた。
リストには、著者名や文献名、出版年など、本の後ろの方にある奥付のページにだいたい載っている情報を記す。
これはインターネットで調べてもだめなのだ。現物とは微妙に異なる場合がある。僕が参考にした本の奥付の内容を忠実に写さなければならない。
一刻も早く、と昼食もとらずに、本を所蔵している私設図書館まで自転車を走らせた。
先ほどようやく本の奥付のコピーを手に入れ、図書館の建物を出た。
「図書館」と言っても、外観は瓦屋根の古い日本家屋だ。大正期に建てられたらしい。中はだいぶ広い。書庫になっている部屋を含め、ところどころが和洋折衷式になっている。敷地内には庭もある。
個人で集めた日本の古典文学に関する本が、有料で一部一般公開されている。本を外へ持ち出すことは禁止だが、係の人に頼めば代わりに複写してくれる。
古い本が多いので、傷つけないようにコピーを取るのはある程度の技術がいるらしい。
コンビニエンスストアや大学図書館のコピー機を使うより料金はかかるが、仕方がない。
ここの図書館にはもう二年近くお世話になっている。文献の所蔵量が多いだけでなく、質もいいのだ。一般公開してくれるだけでも本当にありがたい。利用者は主に研究者だが。
敷石の小道を通り、瓦屋根つきの数寄屋門の引き戸を開けて外へ出る。
門扉は格子越しに内側が透けて見える型だから圧迫感はない。それでも、公立図書館のような気軽さでは入ってこられないのだろう。
門の脇には、達筆な黒い筆文字で「白梅慧雪文庫」と書かれた年季の入った木の板が掲げられていた。
「慧雪」は、たぶん「蛍雪」を踏まえたのだろう。蛍の光、窓の雪で本を読んだという故事。「蛍」を「慧」にしたのは、本や書庫が智慧の宝庫だからだろうか。
「白梅」は、この町の名前が「白梅町」だからかもしれないが、単にここの庭に白梅が咲くからなのかもしれない。
僕はこの図書館が好きだ。
そう思うまでが僕の息抜きの時間だった。
あとは自転車を飛ばして帰り、卒論と向き合わなくてはならない。
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