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◆◆◆ 『俺が先に免許取るからさ、そしたら一緒にドライブ行こうぜ』 雪斗はそう言った。 あいつの親父はデカい外車に乗ってる。 雪斗は親父の車を拝借して、乗り回すつもりでいたので、俺も地味に楽しみにしていた。 小雨が降る夕方、無免許で原付を転がした事もあったな。 俺は雪斗が無免なんかするとは思ってなかった。 ちょっとびっくりして『大丈夫なのか?』って聞いたが、あいつは『へーき、へーき』と平然とした顔で言った。 俺と違って普段真面目な奴だから、意外と根性すわってるんだなって見直した。 そういや……こんな事もあった。 俺がハッパに手を出そうとした時、雪斗はムキになって怒ってきた。 普段温厚なのにやけにマジになるから、冗談っぽく笑って返したんだが……雪斗は更に怒った。 その後しばらく揉めたが、しまいには涙目になって『大麻なんか手を出しちゃダメだ』と訴える。 俺は雪斗がそこまで真剣になるとは思わなかった。 唖然としたが、あまりの勢いに押され、ハッパに手を出すのはやめると約束した。 でも、後からよーく考えてみたら……そこまでムキになって止めてくれた事が嬉しくなってきた。 涙ぐむ程俺の事を心配してくれる友達なんて、初めてだったからだ。 それ以来『こいつは俺にとって1番大切な友達だ』って思うようになった。 俺はいつも気まぐれに雪斗んちに遊びに行ったが、雪斗はいつも笑顔で歓迎してくれた。 気が置けない無二の親友。 そんなあいつと共に過ごす時間は、俺にとって癒しだった。 あいつは風呂に入ると言って、俺の前で堂々と裸になる。 俺は目のやり場に困ったが、同性なのに気にする方がおかしいのか? と密かに悩んだ。 寝る時はシングルの窮屈なベッドで一緒に寝た。 温かなぬくもりをじかに感じ、一瞬良からぬ事が頭に浮かんだが、慌てて取り消した。 あいつは俺の邪な気持ちなど知る由もなく、無垢に眠りこけていた。 楽しい時間は永遠に続くと思ってたのに。 ある日、あいつは突然居なくなった。 バイトの帰りがけ、車に撥ねられて即死……。 それを知らされたのは、亡くなって1週間も過ぎた頃だった。 雪斗は既に荼毘に付されていて、死に顔すら拝めない。 俺は馬鹿みたいに泣いた。 何故……どうしてあいつが逝かなきゃいけないんだ?って、腹が立って仕方がなかった。 「雪斗、なあ、ドライブ行くんじゃなかったのか? くそ……、なんか言えよ」 ショックで何もしたくない。 バイトを無断欠勤し、お袋がやかましく文句を言ってきたが、無視して部屋に引きこもった。 暇に任せて泣いていたら、やがて涙は枯れ果ててしまったが、代わりに無気力、虚無に包まれた。 ベッドにうつ伏せになって、片手をだらんと縁から垂らした。 遊び仲間から電話があったが、無視した。 雪斗は俺にとって親友だったが、当たり前に赤の他人だ。 なのに、こんなにも悲しいのはどうしてなのか。 ひとりぼっちの部屋でぼんやりと考えた。 心にぽっかりと……どころか、どデカい穴が開いてしまった。 この穴をどう埋めりゃいいのか、さっぱりわからない。 「ん……?」 今、だらんと垂らした手を何かが握ったような気がしたが……気のせいか。 どことなく気色悪いので、手を引っ込めようとした。 すると、今度は強く握ってきた。 「わっ!」 驚いたと同時にベッドの下から、ぬうっと真っ黒な塊が現れた。 「わっ、な、なんだ? ちょっ……、わ、わ」 腰が抜ける程ビビったが、俺はそいつに手を捕らえられている。 「なんだよこれ、こぇーよ、マジこぇー」 逃げようとして力任せに手を引いたら、黒い塊がシュルシュルっと、蛇みたいに腕に絡みついてきた。 「ひぃぃ! うわあ~、なにこれ~っ!」 ソレは腕を這い上り、体まで包み込んでくる。 「ちょっ、やめてくれ~、俺は……霊感なんかねぇぞ、つかバケモノか?」 霊感なんかないんだから、霊なのかバケモノなのか、そんな事がわかるわけがなかったが、必死に藻掻いて振り払おうとした。 けどソレは絡みついて離れず、怖すぎて小便をちびりそうになった時、耳元で聞き覚えのある声が聞こえてきた。 「タッ君……、俺だよ」 「えっ?」 まさか……。 今のは雪斗の声にそっくりだった。 ちょっと待て、じゃあ、この物体は……。 いやしかし……こんな不気味な物体が雪斗? 意味不明だ。 「なあ、わかんねぇ? 俺だよ、タッ君」 そしたらまた話しかけてくる。 やっぱり雪斗の声だ。 「雪斗、本当に……お前なのか?」 とは言っても、黒いモヤモヤした物体だし、俺は恐る恐る聞いてみた。 「ああ、間違いなく俺、雪斗だ、俺さ、死んじゃった」 信じられないが……この気色悪い物体は雪斗……。 こんな奇跡ってあるのか? 俺はあいつにめちゃくちゃ会いたかった。 「雪斗、俺、ショックだった、お前が突然いなくなるなんて」 「うん、あのさ、急に死んだだろ? だから……ムカついた、で、俺、タッ君の事を考えたんだ、ずっと考えていたらここに来れた」 雪斗は死んだ後、俺の事を考えてくれていた。 再会できるなんて夢みたいだが、嬉しくて泣けてきた。 「うっ、俺……、死に顔すら拝めなかった、サヨナラすら言えねぇんだぜ、すげー辛かった」 いきなりいなくなるなんて、どんだけショックだったか。 「うん、ごめん、なあタッ君、俺、ここにいていい?」 雪斗は俺に聞いてきたが、そんなのは聞くまでもない。 「当たり前だ、つか……、いてくれ!」 幽霊でもなんでも構わねー。 雪斗と一緒にいたい。 「よかった、じゃ、居候させて貰う」 「うん……」 霊感のない俺が、雪斗の霊と再会した。 あまりの事に動揺し、心臓がバクバクしていたが、ちょっと気になる事がある。 「あのさ……、会えたのはめちゃくちゃ嬉しいんだけど、その黒いのは無しにして、顔を見せてくんない?」 やっぱ雪斗の姿をこの目で見たい。 「あのさ、俺にもよくわかんねぇんだけど、今のところこの姿しかできないんだ」 しかし、何故黒いモヤモヤになっているのか、雪斗自身もわからないようだ。 「そうなんだ……、わかった、じゃいいよ、兎に角いてくれ」 霊の世界の事なんかわかるわけがないし、無理なら仕方がない。 こうして会えただけで十分だ。 ◇◆◇ 雪斗と再会を果たしてから、あいつは俺の部屋に同居する事になった。 バイトは前のはクビになったので、新しいのを見つけてきた。 スーパーの雑用係だ。 雪斗は俺の部屋から一切出ようとしない。 何故なのか聞くと、下手にフラフラ出歩いたりしたら迷子になると言う。 俺は『迷子ってどういう意味だ?』ともういっぺん聞いた。 すると雪斗は……下手にうろついたりしたら、負のオーラを放つ場所に引き込まれそうになると言った。 だから、おとなしくお留守番らしい。 わけがわからねーが、なんだかぞっとする話だ。 思わず『負のオーラを放つ場所って、ひょっとして地獄だったりするんじゃねぇの』って言ったら、雪斗はわからないと答える。 雪斗自身突然命を奪われ、成仏できずにさまよってる状態だ。 それが何なのかはわからないが、負のオーラだけは感じるらしい。 危険な場所には近づかない方がいいに決まってる。 俺は雪斗にこっから出ないように念押しをした。 ちなみに……俺には兄弟はいない為、そこは気楽でいいのだが、どのみちお袋や親父には雪斗は見えないらしい。 もし見えたとしても黒い塊だから、見えなくてよかった。 そんなのを見られちまった日には、お祓いされてしまいそうだ。 俺はフリーターで気ままな独身生活を過ごしてきたが、たとえ黒い塊でも、雪斗がいてくれるだけで生きる元気がわいてくる。 お袋はちゃんと就職しろと言うが、高卒じゃ大した仕事はないし、俺はフリーターがいい。 親父は親父で『まともな会社に就職しなきゃ、結婚すら出来ないぞ』と言って嘆くが、結婚なんかしてもなんのメリットもない。 嫁に搾取され、ガキに金を注ぎ込み、日々のこづかいに苦労し、あれやこれやと気を使う。 嫁子を養う為に犠牲になりたくない。 今の世の中、結婚は百害あって一利なしだ。 唯一の利点は、ただでヤレるってだけじゃねぇの。 俺はひとりがいい。 いや、今は雪斗が一緒に居るから、ひとりじゃなくなった。 だから俺は……自由に生き、独身を貫く。 まぁ兎に角、お袋は俺が仕事をし始めたので、ひとまず安心しているようだ。 今日も雪斗はお留守番、俺はバイトに勤しんでいる。 仕事内容は裏で商品にラップをかけたり、値札を貼ったり、在庫をチェックして足らなきゃ補充して並べたり、ま、雑用だから色々やる。 時間は昼間5時間のみ。 短いから休憩は無しだが、今日は嫌な役が回ってきた。 海産物のパック詰めだ。 消臭兼消毒薬はそばに置いてあるが、魚はヌルヌルして臭い。 四苦八苦しつつようやく終わらせたら、チーフがやってきて仕事を追加した。 「よし、次はこれをパック詰めだ」 バケツをドンと台の上に置いたが、中を覗いたら石蟹が入っている。 「えぇっ、これっすか?」 蟹は厄介だ。 「ああ、そうだ、早くやれ」 チーフは簡単に言うが、蟹は爪をゴムで括らなきゃならない。 ズワイガニとか深海性の蟹はあまり動かないが、この手の浅い場所に住む蟹は活発に動く。 しかも、凶暴だ。 奴らは手を出すと、ハサミを振り上げて戦闘態勢をとる。 「無理っす……、怖すぎます、見て下さいよ、こいつら殺る気満々っすよ」 バケツに手を翳し、奴らが攻撃態勢をとるのをチーフに見せた。 「たかが蟹じゃねぇか、トングで掴め、ほら」 なのに、チーフはトングを渡してくる。 「え~、掴んでも、どうやってハサミを縛るんすか?」 「なもん、タイミングだ、ゴムをさっとかけりゃいい」 さっとかけろと言われても、片方やる間に反対のハサミで挟んでくる。 「ま、兎に角やっとけよ、俺は忙しい」 「あ、チーフ……」 チーフはさっさと行ってしまった。 あのチーフ、アラフォーで嫁に逃げられたらしいが、無愛想で冷たい印象がする。 あんな風だから嫁に逃げられるんだ。 って……そんな事はどうでもいい。 蟹共と戦わなければ。 意を決してトングで一匹掴み、片手で輪ゴムを持ってハサミに引っ掛けようとしたが、案の定、蟹の奴が反対側のハサミで手を挟んできた。 「い"ってぇー!」 トングを床に投げ出し、蟹をバケツに叩きつけた。 蟹はなかなか離れず、結構な力で手を挟んでいる。 「離れろ! このっ」 蟹の分際で人間様に歯向かうとは、許し難い所業。 バケツにガンガン叩きつけたら、ようやくポトッと落ちた。 「いってぇ~、血ぃ出てんじゃん」 手を見たら挟まれた箇所が切れて血が滲んでいる。 「これ無理じゃん……」 バケツの中じゃ、蟹共がくんずほぐれつやってるが、こんな荒くれ者共にゴムをかけるのは……到底不可能だろう。 途方に暮れていると、売り場の責任者、高田さんがやってきた。 「あらやだ、なにしてるの?」 高田さんは男だが、なよなよしてオネェのような人だ。 「蟹のハサミを止めなきゃいけないんすけど、挟まれて困ってるとこっす」 どうしたらいいか分からないし、この際オネェでもなんでもいい。 「あらま、イシガニね、その蟹は難しいわ、貸して」 高田さんは代わりにやってくれそうな気配なので、投げたトングを拾って、流しでざっと洗って手渡した。 「ったく~、なにこの格好、蟹の癖に生意気ね」 髙田さんは蟹を捕まえようと身構えたが、蟹達の好戦的な態度を見たら、やっぱり俺と同じようにムカつくらしい。 「ですよね~」 やっぱ髙田さんでも無理か……とそう思った時……。 「えいっ!」 高田さんは気合いを入れて蟹をトングで掴み、上手い具合に片方のハサミにゴムをかけた。 「おお~、すげー」 なよなよしてるのに、荒くれ者の蟹の扱いは上手だ。 「ふん、たかが蟹如き、負けないわよ、えいっ!」 続けざまに反対側もゴムをかけたので、俺はその蟹を受け取ってパック詰めした。 それから後、蟹達は次々と髙田さんに拘束されていき、あっという間にパック詰め作業が終わった。 高田さんさまさまだ。 「ありがとうございました」 深々と頭を下げてお礼を言った。 「あら、いいのよ、君さ、年いくつ?」 「あの~、25っす」 「彼女は?」 「そんなのはいないっす」 いきなり個人的な事を聞いてきたが、なんせオネェな人だ。 なにやら……ただならぬ予感がする。 「あらそう、じゃあさ、蟹をふんじばったお礼に、あたしに付き合いなさい」 やっぱりそうきた……。 「あの~、付き合うって、食事かなにかですか?」 「ま、そうね、デートよ」 「え……」 大した付き合いもないのに、いきなりデートって言うから、ちょい面食らった。 「なによ、じゃあ、今度あの蟹が来ても、あたしは知らないわよ」 唖然としていると、髙田さんは脅すような事を言う。 「あっ……、それは困ります」 あの蟹共を制圧するのは俺には無理だ。 「じゃ、OKね?」 「はい」 ここは背に腹はかえられぬ。 やむを得なかった。 「ふふっ、じゃ、予定は後でまた言うわ、頑張ってね~バイト君」 高田さんはスキップしながら売り場に戻って行った。 デートの約束を交わしてしまったが、雪斗に言うべきか迷う。 雪斗とは昔みたいに一緒に寝ているが、なにしろ、黒いモヤモヤした物体だ。 昔のように体温を感じる事もなく、無垢な寝顔を見る事もできない。 お陰で変な気を起こすような事もないが、雪斗は生前とは違って、四六時中くっついて離れない。 起きてる時も必ず絡みつき、寝る時は黒いモヤモヤに包まれた状態だ。 そりゃ突然命を奪われたんだから、きっと人恋しくて寂しいんだろう。 くっつかれるのは嫌じゃないが、そんな感じだし、たとえ本気のデートじゃないとしても、雪斗がどう思うか……気になる。 バイトが終わって俺は夕方には帰宅したが、部屋に入ったら、スーッと滑るように雪斗が近づいてくる。 「タッ君、おかえり~」 背後からがっつりモヤモヤに包まれた。 「ああ、退屈だった?」 「いいや、部屋の中を探索してた」 「えっ」 「ふっ、エロ本見っけ~」 「ああ~、こら、勝手に見るなよ」 「いいじゃん別に、男同士なんだしさ」 男同士と言っても、そういうのは見られたくない。 「雪斗、それは無し、俺だって見られたくねぇもんがある」 「そんな……親友じゃなかったのか?」 「親友だけど、それとこれとは別」 「ひでぇ、俺にはなんでも明かしてくれるんじゃねぇの?」 なのに、雪斗は不貞腐れたように言う。 「明かせる事は明かす、でも嫌な事だってあるだろ?」 ちょっとイラッときてキツめに返した。 「そっか……、じゃいい」 雪斗は俺から離れると、スーッと床を滑ってベッドの上にあがった。 小さくなって丸まってるので、膝を抱えていじけてるようだ。 「ふう~……」 思わずため息が漏れた。 生きてる時は、こんなわがままを言う奴じゃなかった。 拗ねていじけたとこなんて、見た事がない。 何となく……だが、幽霊になって言動が子供っぽくなったような気がする。 俺は妹や弟はいねぇから、どう対応していいか困惑するが、ほっとくわけにはいかない。 そばに行ってベッドに座り、縮こまる黒い塊に手を伸ばした。 「雪斗、お前の事は一番信頼してる、たださ、俺だってやっぱ恥ずかしいもんは見られたくねぇ、隠すつもりじゃなく、ただそれだけだ、な? わかるだろ?」 「ほんとに?」 「ああ、嘘なんかつかねぇよ」 「そっか……、へへっ、ごめんな、俺……やたら寂しくって、だってこんな姿だし」 雪斗は照れ臭そうに(姿は見えないから、俺の想像なんだが)謝ったが、妙に子供っぽくなっているのは、やっぱり寂しさが原因のようだ。 「そんな事ねぇって……どんな姿をしていても、雪斗は雪斗だ」 もし俺が同じ目にあったとしたら、やっぱり寂しいし、死んだ事なんか認めたくないと思う。 やり切れない思いに駆られ、振り向いて両手を広げた。 「な? ほら、来いよ」 「うん……」 雪斗はスルスルっと腕に絡みつき、体を包み込んでくる。 「それでいい、こんなんで満足するなら、いつでも絡みつけ」 「えへへ、サンキュ、やっぱタッ君は世界一の親友だ」 どうやら機嫌が直ったようで良かった。 「そう言ってくれて嬉しい、いや……、ほんとマジで」 俺も同じく、雪斗の事を世界一だと思っているが、こんな状態だし……高田さんとの事は内緒にした方が良さそうだ。
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