あと一回だけでいいから

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「なぁ、お前いま幸せか?」 俺の向かいの席に座った林道の指輪がついている指に触れる。 「しあ、わせだよ」 ぎこちなく笑う彼女の季節外れの長袖をまくる。 「……ちょ、やめ」 「じゃあこれは?なんでこんなことなってんの?」 袖を捲った彼女の腕にはいくつもの内出血のような痣があった。 「おかしいと思ったんだよね。熱い季節に長袖なんか着てらんないとか言ってたのに、いまあの頃より暑いのにそんなわけないって。だから何かを隠してるんだと思った」 「なんで気づいちゃうの?」 「俺がお前のことを好きだからだろ」 ぽろぽろと涙を流す林道の頭をポンポンとなでる。 「なんかお前ちっさくなったなぁ……」 よく会っていたころよりも明らかに痩せている彼女に胸が痛くなる。 「忘れてって言ったじゃん」 「あいにく俺は好きな子のことを簡単に忘れられるような遊び人ではないですから」 「でも、あたしはもう……」 泣き腫らした目で指輪をみつめる。 「で?なんであの日忘れてなんて言った?なんで結婚なんてしてる?」 彼女の指に自分の指を絡める。 「実家の会社の経営が危なくて、提携企業の息子さんと結婚することになったの。だから、いま実家は大丈夫」 ──でも、最後にあと一回だけ抱かれたかった。 忘れてなんて言ったけど、一生覚えててほしかった。 泣きながら彼女が話すけど、どれもが俺には愛しく思えて仕方ない。
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