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特に気にする様子もなく、小さなドアノブに手をかけるユズ。きっと何も起きないだろう、と私はタカをくくっていた。彼女と二人、こういう小さな遊びがするのが楽しいから付き合っている、ただそれだけだったのだから。
ドアを開けた先にはきっと、汚い掃除用具なんかが入っているのだ。あるいはボロボロで今にも壊れそうな棚とか、錆びたバケツとかが転がっているのだろう、と。埃っぽくて汚くて、やっぱりこんなもんか、で終わるのだろうと。
でも。
「え」
私は、言葉を失ったのだった。ユズが開けたドアの向こうに、何もなかったから。
そう、何もガラクタが置いてない小さな部屋がある、だけなら驚かなかったのだ。そうじゃない。本当に“何も”ない。部屋さえないのだ。
真っ黒な、墨で塗りつぶしたような黒い空間がそこにあったのである。
「……なにこれ」
最初は、私の見間違いかと思ったのだ。しかし茫然としているのは私だけではなかった。ユズも同じように、口を開けてぽかんとしていたのである。
「すっげ……これ、どうなってんの?」
彼女はぐい、と暗闇に顔を近づけようとした。中を覗きこもうとしたのだろう。私は急に恐ろしくなって、力いっぱい彼女の腕を掴んで引っ張った。
「やめよう、ユズ!」
「え、なんで?覗くだけだよ?入らないよさすがに」
「の、覗くだけでも、駄目な気がする!」
頭を突っ込んだら頭だけ持っていかれるとか、そのまま体ごと引きずり込まれるとか、そういうことが起きそうな気がしたのだ。私は彼女を無理やりドアから引きはがすとそのまま強引にドアを閉めたのである。
「意味わかんない、何あれ」
「なんだろうなあ」
びびっているのは私だけだった。ユズは明らかにわくわくした顔でドアを見ている。明らかに、意味不明な異常が起きていた。それなのに彼女は一切怖くなかったというのか。
「真っ暗闇だったねえ。虚空ってやるか?入ったらどうなるんだろうなあ」
「駄目だからねユズ。もう近寄らないようにしよう、ね?」
「えー」
友達として、私は全力で止めた。ユズは不満そうだったが、私の剣幕に圧されて渋々頷いたのである。
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