5、最後くらいは

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5、最後くらいは

 佳奈とのお別れの儀式のために、俺はシティーホテルのミニスイートを奮発した。その部屋に入ると、佳奈は機嫌が悪くなった。一泊15万だぞ。いつもの6,000円のラブホとは違うのに、最後くらいは綺麗な思い出をっていう俺の気持ちも佳奈には分からない。  佳奈は黙っている。何時もの佳奈ならノリがよくてベッドで跳ねたり、持ってきたバスバブルを広げて「どれにしようか」と訊いて来るのに、ただひたすら黙っている。  おもむろに佳奈はバッグを開けて紙の束をとりだした。 それをパッと部屋の中にまくと部屋を出て行った。 その紙には全部、同じ言葉が書いてあった。 “One more time”(あと一度) “One more time”(あと一度) “One more time”(あと一度) “One more time”(あと一度)…… 名刺の紙だった。100枚ぐらいあった。  次の日、会社に行ったら佳奈は会社を辞めていた。  何とか、莉帆さんと本格的なお付き合いするまでに佳奈と別れられた。    たった8カ月しか働いていなかった佳奈の事は、みんなが直ぐに忘れた。  俺も当然、忘れた。
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