9、100枚の名刺

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9、100枚の名刺

 俺は、あのホテルの床にばら撒かれた名刺の紙を、あの時全部捨てた。1枚も残っちゃいない。100枚全部手書きで、色々な色で文字は書かれていた。 「山上さん、大好きですぅ」  佳奈は何時も言葉にして全身で「好きです」を表現していた。  俺の方はというと「ははは……」と笑って逃げていた。好きだとも愛してるとも、まともに言葉を伝えなかった。何を言っても嘘な気がしたから…  佳奈は金持ちの深窓のご令嬢だった。世間知らずの極地。思考回路も普通とは違う。それが分かってしまったら、益々「本当は好きだった」なんて言えない。そのくらいの倫理はある。  最初に嘘をついたから、この結果は自分が招いたことだ。 嘘はやっぱりついてはいけない。 佳奈の声が脳裏によみがえる。 「主任は私が好きなんでしょ」 「私の事を愛しているのに認めないあなた」 佳奈は何故、俺が佳奈を愛していると言う確信めいた言い方をしたのだろう? そもそも、付き合い始めたところから考えてみると謎だ。  佳奈の指導を任された1年前、その日は週末で二人でお疲れさん会をした。 俺は良い調子でビールを煽って佳奈に説教をしていた…次の記憶。翌日の朝、ラブホテルのベッドの上。背中を向けて眠っていた佳奈のプロポーションが良いのに驚いた…それで、なし崩しのルーティーンに突入。ぐらいしか思い出せない。
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