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ジャンヌの苦悩
かつて大空の下で大切な人と過ごしたかけがいのない時間。また自分はあの時間を取り戻す
ために今も戦いこの手を血で汚しながらも生きている。だが余りにも汚れてしまった自分にアリスと生きる資格はあるのだろうか?
生きる為、祖国を守る為に同じ人間を殺してきた私に綺麗な空の下で生きる事は許されるの
だろうか。
誰も答えられない問いを己にし続ける。
「ジャンヌ!」
「っ!」
目を開けると至近距離にある孔士の顔に驚く。
ジャンヌは反射的に孔士の顔面に拳をぶつけ、孔士はクリーンヒットした為に意識を朦朧とさせながら尻餅をつく。
「なにすんだよ!」
涙目になりながら激しく抗議する。
「身の危険を感じました」
顔を赤らめながら恨めしそうに孔士を睨めつける。
「ふざけんな! 僕がそんな事する訳ないだろう」
「ふ、ふん。私は男の醜悪な所を沢山見てきました。信じられる訳がないでしょう」
戦場に居れば嫌でも目にするものである。
「はぁ~」
孔士は頭を掻くとじっとジャンヌを見る。
「そんなに怖がるなよ。僕はそんなものには興味がない」
「えっ?」
不意の言葉に固まる。
「負けた国に行う略奪や蹂躙はどこでも起こる。だけどそれをしない人達もいる。僕はそん
な人達と出会った。だからもっと人を信じていいと思うよ」
「ふざけないで下さい。そんな世迷言がある訳がない。この世界がそんなに優しいはずがない。正義の為と戦い罪の無い民間人を殺す兵士を沢山見てきました」
涙目になりながら孔士を睨む。
「女性に乱暴して高笑いしながら歩く男どもを私は絶対に信じない」
「ジャンヌ…」
孔士は静かにジャンヌの言葉を飲み込んでいった。
「醜悪で汚らわしい男。私の大切なアリスに近寄らないで下さい」
憎悪に満ちたその目は今にも孔士を殺しそうなほど殺意に満ちていた。
「アリスは私と違い血に染まらず光の中で生きて欲しかった。なのにあなたの所為で神具使
いになってしまった。このままでは私と同じように血に汚れて重い十字架を背負う事になってしまう。そんな事は容認できません」
槍の切っ先を孔士に向ける。
「アリスの前から消えてくださ…」
孔士はジャンヌを優しく抱きしめる。
「えっ?」
頭をなでると背中を優しく叩いた。
「離して下さい。汚らわしい」
無理矢理に離れようとするが孔士は頑として離れようとはしなかった。
「ジャンヌは優しいね」
「なっ?」
「お前はそうやって誰かのために怒り悲しむ。そして大切なモノを守る為に戦い傷ついて
いく。僕はそれをとても綺麗に思うよ」
かつて多くの命を奪いながら終わりのない絶望を歩いた。血に濡れていく腕と足にからみつ
く悲しみは心を殺していった。早く終われと思いながらも自分では止まる事もできずただ人形のように操られて動くだけであった。
「空っぽだった僕にはそんな風にはなれなかったよ」
「何を言っているのですか…」
頭では理解できないだが心が先に理解してしまった。孔士はジャンヌと同じ人形として生き
てきたがアリスのような救いがなかったがために哀れな戦争の道具になっていた事に。
「ジャンヌは一人じゃない。仲間がいるよ」
「…!」
「だから怖がらないで」
「私は怖がってなどいません!」
ジャンヌは必死に否定する。
「僕はジャンヌみたいに大切な人の為に戦って生きる事が出来なかった。だから少し羨まし
くもあるよ」
家族を失った孔士は生きる為以外で戦う理由はなく意味もなかった。そして空っぽのまま
ただ血生臭う戦場を歩き続ける。
「貴方に私の重圧と苦しみは分からない」
「うん、分からないよ。僕はジャンヌじゃないから全ては理解できない。だからジャンヌは
苦しいって自分だけで抱え込まないで誰かに言った方がいい。そうしないと押し潰されてしまうよ」
「そんな事できる訳がない」
ジャンヌのような立場がある人間は孤独である。それはどんな権力者も一緒でけして逃げる
事のできないものである。
「私が弱みを見せればそこに付け込み陥れようとする人間が現れる。権力闘争はその連続で
す。私は負ける訳にはいかない。負ければ家族が…アリスが不幸になってしまう、そんな事絶対にさせません」
「でもアリスは孤独なジャンヌを見て苦しんでいるよ。無力な自分が嫌であんな無茶をして
神具を手に入れたのだから」
ジャンヌは孔士の言葉に驚く。
アリスの無茶もまた自分と同じ家族の為に行われた事であったのに驚きを隠せないでいた。
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