怪我と一条と

4/5
前へ
/20ページ
次へ
「新太!」 広い座敷の中に新太は寝かせられていた。 手当をされているのか浴衣の隙間から白い布が覗いている。 あの後、こちらを不審に見ている家士の人にみつさんが事情を話してくれ、 俺だけならと、屋敷に入れられたのだ。 心配そうにこちらを見ていたみつさんとは門のところで別れた。 早く新太を連れて帰ってみつさんを安心させたいのに。 この状態の新太を家に連れて帰るのは俺一人では無理そうだ。 声をかけて、腕を揺さぶるが起きるそぶりはない。 新太はいつも俺が触る前、近づいただけで目を覚ますのに。 こんなに動かないなら今にでも仇が取れてしまいそうだ。 「死んではないとおもうがの」 その声に驚いて振り返る。 縁側にただ一人将棋を指している男がいた。 年は新太よりもずっと上だ。 髪はすでに白くなっている。 気付かなかった。 服装からみても、この屋敷の相当な立ち位置にいる人に違いないだろう。 「十和田弥彦、十和田のとこの次男坊」 自分のことを知られている。 得体の知れない何かを感じて、新太の腕を掴む手に力が入る。 怖い。 体が無意識に震えた。 「ほほ、そんなに怯えられると、じいは悲しいのう 致し方なしか、新太に頼んだのはわしやしな」 こいつが、新太を使って俺の家族を殺したやつ。 そんなことをするとは思えない顔で優しく笑っているのに どこか怖い。 仇を打つなら今だ。 周りに人もいない、 手負いの新太と、歳を取ったこいつ一人だ。 「すまないと思うておる」 男は静かに言った。 「自分の信を通しただけでも、負ければ命を取られる、 それが政と言うものでの お前の父は頭が切れた、手を抜いておったらこちらが喰われておったわ」 男はほほほ、と笑いながら将棋の駒を置く。 「お前、誰」 つっかえながらもようやく出せた言葉がそれだった。 周りが圧迫されている気がしてうまく息が吸えない。 「そうさな、名乗っておらんかった 一条雅鷹だ、弥彦よ、 お前がわしの敵にならぬことを祈っておるでな」 こちらを向いた一条の瞳は鋭く光っていて、その瞳だけで殺されそうだ。 ひゅっと体が竦む。 新太の腕を掴む指に一層力が入った。 「一条の爺、そんなに怯えさせんな、震えてるじゃねえか」 「新太!」 いつの間にか、新太の目が開いていた。 なに、心配してくれたのと頭を撫でられる。 怖かった、 無理に入っていた体の力が少しずつ抜けていく。 心配した、不安だった。 でも、言ってやるもんか。 「後で表の店で菓子を買え」 代わりに正直じゃない言葉を口走ると、おーと優しく微笑んでくれる。 なんなんだ。 死んでしまうかと思った。 「ほほほ、新太起きたかの いつも無傷なのに血だらけで帰ってくるからひやっとしたぞ」 向かい側から、先程の男、一条が新太に声をかける。 いつの間にか、あたりの重い空気は霧散していた。 一条もさっきまでの雰囲気が嘘のように優しい顔をしている。 「あー、少し考え事してたらやられた、 でも、相手はしっかり切ってきた」 「いつも助かるの」 昨日も新太は誰かを殺してきたのだ。 この一条に言われて。 俺の家族と同じように昨日も誰かが死んだ。 「なんで、新太は人斬りなんてやってんだよ」
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加