怪我と一条と

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「なんでって、、、」 新太が眉を顰める。 「だって、新太なら人斬らなくても生きていけるだろ」 何も言わない二人の目が気まずい。 いいじゃないか、思ったことを言っただけだ。 新太が俺の親を殺さなかったら。新太は俺の仇にはならなかったのに。 心は決まっている。 だが、それで全てがすっきりすると言えないくらいに新太は優しかった。 新太を殺した後の俺は間違いなく、後悔とともに生きていくことになるだろう。 なんで、という気持ちは新太と接すれば接するほど強くなっていた。 「弥彦、俺は人斬りだ、斬らねえって選択肢はねえよ」 顔を向ければ新太の目がこちらを向いている。 悩みのない、ただひたすらにそれしか見えていない。 「そうかよ」 その目を見ていたくなくて、無理やり目線をずらした。 「少し、頭冷やしてくる」 ただ、今は新太を見たくなくて背を向けて部屋の外にでる。 そのまま、どこに繋がっているかも分からない廊下を歩いた。 一条は金持ちの公家様なんだろう。 広い庭に池が綺麗に整えられていた。 池には鯉がこちらの気も知らず、優美に泳いでいる。 ここはこんなにも落ち着いて静かなのに、 住んでる雅鷹とか言う奴は人を簡単に殺す奴だ。 先程の殺気を思い出して身が震える。 あれは恐ろしかった。 自分がいかに未熟で弱くて、安全なところで育てられてきたか痛感する。 ふー、と息を吹き出すと恐怖に泡立っていた肌が少しばかり落ち着いた。 それにしてもなんであんなことを言ってしまったのだろうか。 新太が人斬りを続けるかなんて、俺には関係ない話なのに。 新太は仇だ。殺さなきゃいけない相手だ。 いなくなるのが怖いなんて、少し考えてしまった自分を殴りたい。 それに、普段の優しい新太のほうが俺の中で強くなっていて、 人斬りの新太がいることが少し寂しくて怖かったのだ。 もう一度気合を入れ直さないと。 自分の両頬を勢いよく叩く。 バチンといい音がした。 新太は仇。絆されるな。 「弥彦や、怖くなったかの」 突如後ろから声をかけられて急いで振り返る。 一条雅鷹が供の者も付けずに一人でそこに立っていた。 あの部屋で当てられた殺気を思い出して、足が一歩後ろに下がる。 剣術だって新太より弱いはずなのに、この威圧感はなんなのだろうか。 「ほれ、」 雅鷹は少し俺に近づいて縁側に腰を下ろすと、座れと言うように自分の横をとんとんと叩く。 殺気は鳴りを潜めて、今は優しい爺のように見える。 警戒は解かず、少し離れたところに腰を下ろした。 雅鷹はそんな俺に、ほほ、と笑い声をあげると裾から包みを取り出す。 ほれ、とこちらに差し出した。
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