奇妙な二人暮らし

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「ほら、来いよ」 新太が突っ立ったままこちらを挑発する。 場所は河原。 俺が飛びかかると新太は俺の刀を受け止めて、流す。 いくらやってもその繰り返しだ。 朝のまだ誰も起きていない早い時間に鉄がぶつかり合う甲高い音が響く。 こうして二人朝早く目が覚めた日は、新太は俺に思う存分刀を振らせてくれる。 新太は俺に甘い。 一緒に暮らし始めて分かった。 もとから実直な男なのだろう。 だらしがないように見えて、俺の面倒はしっかり見るし、長屋の他の連中とも仲良くやっている。 ここなら、刀を振り回しても周りを傷つけないからだろう。 新太は俺を止めず、何回でも斬りかからせてくれた。 「そろそろ、時間だ」 新太はそう言うと俺を転がし、刀を取り上げた。 終わり方はいつも同じだ。 新太が俺が持っている刀を取り上げて、鞘にしまう。 カチッと刀が鞘に収まる音が聞こえて、帰るぞと声をかけられた。 しかし、今日の俺は河原に座り込んだまま動こうとせず、 ただ先に歩き始めた新太の背中を見ていた。 「弥彦」 ついてきていないことに気づいた新太が足を止めて眉をひそめながら俺を呼ぶ。 「俺はいつになったらお前を討てるんだろうな」 ぽつりとつぶやいた声に新太がこちらに歩いてくるのが見えた。。 今日だって、新太は俺に全然刀を向けなかった。 向かってきた俺をいなしていただけだ。 実力差は大きい。 新太にとっては子猫が戯れているようなものなのだろう。 このままじゃいつになっても新太の命は奪えない。 ただ、新太に保護されて暮らしているだけ。 「俺の敵討ちが終わったら、お前に殺されてやるよ」 俺の目の前にしゃがんで新太が言う。 敵討ち? 「お前も、誰かに家族を殺されたのか?」 顔を上げると最初の朝にみたあの無表情の黒い瞳と目があった。 「ああ、だからそれが済むまではお前にやられるわけにはいかねえ」 新太はそう言うと俺の頭をぽんとひと撫でして立ち上がった。 新太の目からはさっきの暗闇は消えている 「俺の敵討ちが終わるまでに強くなれ。 最後くらい楽しませろよ」 見上げると腕を差し出された。 優しい顔だ。 「ほら立て、朝飯食いっぱぐれる」 新太のその声に手を取って立ち上がる。 頭の中でぐるぐる回っていた考えに決着がついた。 立ち上がった俺に安心したのか新太はすでに歩き始めている。 「新太、」 その背中に呼びかけると新太はこちらを振り向いて首を傾げた。 まだ何かあるのかと言いたげだ。 「お前を討つの、お前の敵討ちが終わるまでやめにする」 その言葉に新太の眉間の皺が深くなる。 何言ってんだこいつとでも思ってそうな顔。 刀を持っている時はあんなに無機質で恐ろしいのに 普段の新太は瞳が優しい俺の保護者だ。 「俺に剣術を教えてくれ」 その言葉に驚いたのか新太は表情を固まらせたあと、少し笑って分かったと言った。 そのまま新太は先に歩き始めてしまう。 弥彦は追いかけて隣に並んだ。 「お前も変なやつだよな、親の仇に剣術を教えてくれとか」 と言われるので、うるさいと返す。 「お前を倒すためだ」 そう伝えると、そうか、と優しく背中を叩かれた。
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