剣術指導と日常

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「なあ、弥彦 お前、親に冷たくされてたんじゃないの なんでそんな敵討ちに執着するんだ」 木刀を振り続ける俺に新太が声をかけてくる。 あらかた、ただ座って眺めているのも暇になったのだろう。 つまらなそうに膝に頬杖をついている。 「親が殺されたら、仇を取ろうとするのは武士として当たり前だろ」 俺が、木刀を振る間に答えれば、 武士としてねえ、と何を考えているか分からない相槌をされる。 「お前は」 短く問えば、あ?と聞き返された。 新太はめんどくさそうにまた眉を潜めていることだろう。 「お前だって敵討ち、したいんじゃないのかよ」 その問いに新太は少し静かに考える。 さっきまで涼しかったはずなのに、暑い。 汗が額から滴り落ちている感覚がした。 「俺は、ただ憎いだけだ、武士としてじゃなく」 静かだった。 川の流れる音と、俺が木刀を振る音と。 新太の方を向こうとするととよそ見をするなと怒られる。 それと同時に、もっと踏むこめとも。 前を向いて、言われたことに注意しながら木刀を振る。 憎いだけ。 新太はそう答えた。 俺はどうなのだろうか。 新太のことが憎いのか? いや、憎いに決まっているだろ。 家族を殺されて、家もなくなる。 これを憎いと言わずしてなんと言うのか。 だから、武士として、立派だった父上の子供として仇を討つのだ。 でも、新太の言っている憎いとは違う気がした。 新太は今どんな顔をしているだろうか。 新太の顔を見れば、その憎いが分かる気がした。 「おい、集中しろ」 いつの間にか新太が横に立っていて、頭を叩かれる。 思わず振り返るといつものなんでもないような顔をしている新太がいる。 「ちょっと休憩」 その場にしゃがみ込む。 腕が重いし、暑くて汗が止まらない。 そうだ川。 ふらふらと歩いて、澄んだ川に腕をつけると冷たくて心地がいい。 そのまま水を掬い上げて顔を洗う。 冷たい水が顔と思考を冷やしていく。 何回か繰り返すとだいぶスッキリした。 考えても結果は変わらない。 俺の憎いと、新太の憎いが違うものであっても、俺は新太を討つ。 それだけだ。 「冷やしすぎて、風邪引くなよ」 川の水で首筋まで濡らした俺に新太がめんどくさそうに言う。 「そんな簡単に風邪ひかねえよ」 と返せばそうしてくれ、と手ぬぐいで乱暴に顔を拭われた。 こういうところが、新太は優しくて面倒見がいい。 みつさんもそうだ。 俺に飯の作り方を教え、洗濯のやり方も教えた。 たまに触れてくる手は話に聞いた母のように温かい。 新太を討てば終わるこの生活が、少し名残惜しくなってしまっている気がして勢いよく頭を振る。 そんなこと考えるな。 俺はこの男を討つ、それだけ考えろ。 「弥彦、帰るぞ」 俺は新太を見上げて頷いた。
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