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「新太って甘辛い煮付けが好きだよな」
夜、表通りで買ってきたおかずに箸を伸ばしていた新太が俺の方を見る。
今日のおかずは味噌煮だった。
俺の好きな味付けだ。
「まあ」
訝しげに新太が答える。
静かに食事をしていたから急になんだと思っているのだろうか。
夜飯のおかずは新太が仕事帰りに表通りで買ってきてくれることが多い。
最初は甘辛い味付けが多かったのに、最近は味噌味のものが多くなっていた。
俺の勘違いだろうか。
新太に味噌味が好きだなんて教えた覚えはない。
みつさんの手伝いをして料理を教えてもらっている時にぽつりとこぼしたことはあるから、そこから伝わったんだろうか。
「どうして、、、いや、なんでもない」
言いかけて止めた。
どうして、俺の好きな味付けを買ってくるのか。
そんなこと聞いたって何にもならない。
家族で暮らしていた時は、俺の好きな食べ物なんて考慮されたことがなかった。
いつだって考えられるのは、家長である父上の好物か跡取りである兄上の好物だ。
ただ、少しずつ新太を殺さなきゃいけないと思っている俺の心が崩されているような気がして怖くなる。
「お前の敵討ちっていつ頃終わるの」
不思議そうにこちらを見つめる新太の目を逸らさせたくて、誤魔化すように次の会話に移る。
「いつだろうな、もう少しかかる」
新太は訝しげにこちらを見ていたが、誤魔化されてくれたようだ。
話に乗ってくれた。
敵討ちは何十年もかかるものだと聞いたことがある。
仇が目の前にいる俺の場合が稀有なのだ。
「だから、もう少しゆっくりでもいいぞ、強くなるのは」
手のまめ大丈夫か、という言葉とともに茶碗に乗せられたのは新太の分の味噌煮だ。
気づかれていたことに驚く。
慣れない重さの木刀を時間があれば振っているからか、手には大粒のまめができていた。
しばらくすれば手の皮も厚くなって出来なくなるだろうと思って何もせず放置していたのだ。
けれど、痛そうになんてした覚えはなかったのに。
「いいのかよ、味噌煮」
そう聞くと、好きだろ、と返される。
新太は優しい。
仮にも自分を殺そうとしているやつに取る態度じゃないだろ。
初めて自分をこんなに気遣ってくれる人間が、親の仇だなんて。
なんだか気持ちがぐちゃぐちゃになって分からなくなるのを、ご飯を掻き込むことで紛らわした。
新太は先に食べ終わったのか、俺の頭をぽんと一撫ですると流しで皿を洗う。
「長くかかるようなら待てないからな。
敵討ち」
ご飯を飲み込んで、新太の横で皿を洗いながら投げかける。
「返り討ちにしてやるよ」
長くは待てそうにない。
このまま、この空間にいたら、殺したくなくなってしまう。
俺は新太の返答に、ああ、と短く答えた。
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