剣術指導と日常

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「そろそろ、打ち合いするか」 木刀をもらってしばらく経ち、手の皮も厚くなってきた頃、いつものように俺を眺めていた新太がぽつりとこぼす。 その声に俺は一心不乱に木刀を振っていた手を休めて、振り返った。 「本当か!」 新太は立ち上がって伸びをすると、おー、となんともやる気のなさそうな返事をする。 しかし、今まで座って眺めているだけだった新太が立ち上がってやる気になってくれたことが嬉しい。 確かに、素振りも最初の頃よりだいぶマシになった。 真っ直ぐしっかり振れるようになっていると思う。 早く、と新太の気が変わらないように急かす。 新太はもう一本持ってきていた木刀を取り出すと、ほら、と弥彦に声をかけた。 側から見たら、新太は刀も構えず、突っ立っているだけだ。 だが、弥彦から見ると違う。 姿勢は真っ直ぐ、それなのに無駄な力が入っていない。 久しぶりに相対した刀を持っている新太はやはり、どこにも隙が見つからなかった。 刀を構えないのは、弥彦への手加減だろう。 俺はこの男に、刀を構えさせるほど強くなって、討ち取らなければいけないのだ。 木刀を握る手におのずと力が入る。 やあ!という掛け声とともに足を踏み出す。 下がるな、覇気に負けるな。 「遅い」 打ち込んだ一撃はいなされ、そのついでとばかりに胴を打たれる。 俺は足が突っかかって、河原を転がった。 「弥彦は感覚が鋭い 相手をしっかり見ろ、 どこをどう打てばいいのか、 どう避ければいいのか、感じとれ」 新太はそこから一歩も動かずにこちらを見ていた。 まだ、やれる。 脇腹をさすりながら立ち上がった。 立ち上がれると言うことは、だいぶ手加減してくれているのだろう。 もっと、新太が焦るくらい強くなりたい。 もう一度、刀を構えて走り出す。 新太は俺が打ち込もうとする時に体の重心をずらし、木刀を使って俺の刀の軌道を自分から逸らした。 そのまま流れるように、木刀を動かす。 次の瞬間には鋭い痛みとともにまた河原に転がっていた。 でも、動きが少し見えた。 新太の太刀筋は早くて見えなかったけど、続けていれば見えるようになるはずだ。 もう一度、立ち上がり木刀を構える。 姿勢を正し、深呼吸をした。 落ち着いて、感じとる。 それ以外は頭を空っぽにして、新太に向かった。 やあ! 掛け声とともに新太に大きく踏み込む。 さっきは避けられたから、新太の動きを追い刀を動かした。 新太は表情を変えずにそれをいなしながら俺の横に回り込んだ。 早すぎる。 あっと気づいた時には背中を打たれ、新太の足元に伏していた。 首筋には木刀の先が突きつけられている。 「三回が限度だな」 新太は俺の首筋から木刀を外すと代わりに手を差し出す。 「まだ、」 その手なんか取ってやるか。 まだやれる。 「終わりだ」 無情な声で言われて、手を睨みつける。 「また明日、やってやるから」 新太は手をつかませるのを諦めたのか、俺の脇に手を入れて持ち上げた。 それでも、むすっとしている俺に、ほら冷やせ、と川で冷やした手拭いを差し出す。 俺は礼を言って新太から手拭いを受け取った。 胴と背中が痛い。 「また、明日になったら回復してもっと動けるようになる 今日やりすぎて明日出来なくなったら元も子もない」 新太の諭す声に渋々頷く。 毎日毎日、積み重ねることで少しづつ強くなっていくのだ。 「今日はおぶって帰ってやろうか」 新太が立ち上がってふざけて言うから、自分で帰ると叫んで先に歩き出した。 新太は後ろからのんびりとついてきていた。
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